【 大野英章の“昼夜常精進”】

空手道場 白蓮会館(佐賀・福岡) ならびに 日蓮宗仙道山勝厳寺の活動日記。

仙道山勝嚴寺は、佐賀県にある日蓮宗の寺院。各種因縁・未来鑑定/加持・祈祷修法・お祓い・追善供養・水子供養/葬儀・納骨堂・墓地/宗教相談/妙法蓮華經/観心の本尊

国際空手拳法連盟 白蓮会館九州本部は、佐賀・福岡で活動する実戦空手道場。護身錬胆・健康増進・精神修養。ステップ指導で無理なく上達/各会員の目的に応じたクラス編成/新人戦・選手権への挑戦/子供達の礼儀の徹底と体力の向上。

先日、わたくしの祈祷観に大きな影響を与えるお話を聞きました。

神々は、人の言葉で発動するということ。

『言霊』という概念は皆様もちろんご承知でしょうが、少し違います。
もちろん言霊には違いないけれども、全ての人の言葉に力があるわけではなくて、祈りの効く人、全く効かない人がいます。
そこは神ですから、人間みんなの言葉に安易に動かされるわけではなく、神も人を選びます。

さらに、祈りの効く人にも、祈りの効く時期、効かない時期があります。

なぜか。

その方のお話によれば、古来インドには『サティヤ』の力というものが存在した。
『サティヤ』とは『真理』『言った通り』という意味で、漢語では『諦』と表記されます。

一般に、祈祷をお願いする際、
1.願主は、祈祷師に御布施を持って行き、お願い事が成就するよう頼む
2.祈祷師は、真理の言葉で神々に力を与る
3.神々は、真理の言葉により力をみなぎらせる
4.神々の力が発動し、願主の願い事が叶えられる
というプロセスを経ます。

このプロセスを読んで、最初『うん。それくらい知ってるよ』くらいにしか思わなかったのですが、一見当たり前に見えるこの四項が意外に深かった。

肝心なのは、2.の
祈祷師は、真理の言葉で神々に力を与える
です。
これが真理の言葉でないと神になんの影響もない。
通常、祈祷師は仏典の経文を唱えます。経文は大覚世尊の言葉ですから、それ自体は真理の言葉です。
しかし、祈祷師本人にサティヤの力があるのか。

サティヤの力の強さは、その誓願の達成の難易度に比例して蓄積、発動されていくそうです。

例えば、もともとタバコを吸わない人が1年間禁煙しますと宣言しても、その宣言の達成は余程のことがない限りほぼ自動的に成就されますから、サティヤの力はほとんど貯まりません。

逆にヘビースモーカーが禁煙するのには効果がある。
よく娘が受験だからってパパも禁煙する、なんて話がありますが、当の娘からすれば、そんなことされたところで全く関係ないしウゼえ!とか思うでしょうが、大いに関係あります。だって禁煙を成就した父の祈りは神々をも動かせるからです。

イギリスの植民地であったインドでは、マハトマ・ガンジー師が精神的指導者となって宗主国に対して『非暴力』『不服従』という態度を採りました。
常識的に考えれば、このふたつの態度は同時に存在できないもので、通常『非暴力』なら徹底服従、『不服従』なら徹底抗戦としかペアを組めません。相反するベクトルの『非暴力』と『不服従』を両立させるなんて困難を極めます。だからこそ国民の多くがこの態度を貫いたことでインドに蓄積されるサティヤの力は絶大でした。そして、わずか数年で独立を勝ち得たことはご存知の通り。
もちろん多くの犠牲者は出したが、それでも再び戦争をした場合の死傷者を試算した数とは比べ物にならないほど少なく済んだだろうし、当時のインド国民はこのイギリスの支配は永遠に続くものだと誰もが思っていましたが、それがわずか数年という短期間で出て行った。


『信心』。

信心が大事、などとよく言われますが、何を信じるのが大事なのでしょう。
目に見えない『神』なる存在を信じることなのか。

それに『信心の強さ』とはなにか。
目に見えない神を信じている度合いが強いということか。

わたくしが思うに『信心の強さ』というのは、過去に交わした自分との約束をどれだけ守るか、ということではないか。

100日間神社に参拝する!と決めたら、雨が降ろうが台風が来ようが、必ず実行する。どんなに寝不足でも翌朝早起きしてお参りする。神様と約束したからには泊まりの仕事も全部断る。
神様と約束したようで、その実、自分との約束を果たす。これが信心ではないか。
信心が強いというのは、達成困難なことをやり遂げることができたからこそ、その強さを証明できるのではないか。

宗教的な力を宿しているなぁと思えるアスリートや経営者がわたくしの周りにも少なからず存在します。
おそらくどんな業界にも、いわゆるトップグループには、あなた人事を尽くして天命を変えたでしょ?というような超人がいます。
概して、そういう方々は有言実行、自分との約束を忠実に守ってきた人達ですから、そりゃあサティヤの力が貯まりに貯まってるから、神々も発動してこの世にかなり干渉してきたはず。


自分の言葉に責任を持てば、神をも動く。
過去の自分の発言をすぐ忘れてしまう人、すぐに翻す人、都合よく言い訳する人のことばには言霊は宿らない。

だからこそ、普段から心にないことを口にしてはならない。とにかくウソをついてはならない。



嘘をついてはならない。


そうか。
五戒にも含まれているように、釈尊は嘘をついてはならないと最初からおっしゃっていたなぁ。

単に『ウソをついちゃダメよ』と言われて、頭ではそんなことわかってるけれども、それを実行できるかどうか別。
『なるほど!』と心から納得して、腑に落ちて、そして自発的にやってみようとする順番を経なければ行動は変わらない。

なるほど。

五戒のうちのひとつ、不飲酒戒を守ってそろそろ2年。
わたくしは期せずして次の不妄語戒を頂く段階に進んできたのかもしれません。


ああ、なんて恐ろしい。


嘘をつかない。


こんなに達成困難な約束が現代社会に於いて他にあるだろうか。

しかし、祈祷を行う者なら特に、己の発する言葉が真実と相違していると、言葉は全くの無益で、そこに力(言霊)など宿りようがない。

これからはとにかく有言実行、できない約束はしない。
少しずつ、できることだけを謙虚にやっていこうと思いました。

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百度詣りという有名な願の掛け方があります。

わたくしが白蓮会館総本部職員だった頃、何のついでか夜中の石切神社(東大阪市)に行ったことがあるのですが、いかにも訳ありな男女が無言で鳥居と拝殿の間をひたすら往復し、柏手を叩いて頭を下げるのを繰り返す様子を目撃したことがあり、なるほどこれがお百度詣りかと、鮮烈な印象と共にその姿が記憶に焼き付いています。



なんらかの願い事があって、神社や仏閣にお参りして、願いを掛ける。

たった1回だけお参りするよりも、お参りを何度も繰り返す方が祈りの力は強くなるでしょう。
1回よりは3回、3回よりは7回、7回よりは21回と言ったように、お参りの回数を重ねた方が効果があると考えるのは自然なことです。

例えば7回お参りすると決めて、それを月曜日から日曜日までの1週間、毎日やると決める。
時間も朝、仕事に行く前にお参りすると決める。

もしあなたの願いが、とにかくどうしても叶えたい強い強い願いであるならば、7日と言わず、神様のところに100日通い続けるのはどうでしょう。

ところが数日後、バタバタしてどうしても朝お参りすることができない日が出てきた。
じゃあ仕方ない。仕事の帰りにお参りしようと諦めて会社に行く。
しかし、そんな時に限って抜けられない残業が入ったり、急なお客さんが来たり、帰り道が渋滞したり、泊まりの仕事が入ったりして、その日のお参りができずに日付けが変わってしまったりするものです。

こう考えると、たった7日でも難しいのに、100日なんて絶望的に難しい。いろんな誘いや、自分の生活のリズムを壊すものを遠ざけるだけでなく、病気や事故にも気をつけなければ、達成はとてつもなく難しい。
これを百日詣りと呼びます。ほとんどの人ができないから、その祈りの効果は絶大です。

100日お参りするのが難しいから、1日で100回お参りしよう、というのがお百度詣りです。
大きな神社には『百度石』というものがあって、拝殿からその石までを周回することで、それを1回の参拝とカウントできる目安になります。

ここで気をつけなければならないのは、本来ならば100日連続でお参りしなければならないのを不可能とみて、1日で100回お参りする形に短縮したという、そもそもの由来を忘れてはならない、ということです。


さらに大事なことは、お願い事を100回するわけではないということです。

お願い事の前に、神様に100回のご挨拶に伺うということです。

あなたが神様に、100日連続でお参りします!と先に誓って、宣言通りに実行します。
そして100日連続のお参りが達成できたとします。それを『満願』『成満』『満行』などと呼びます。
別にお参りの数をこなすことだけが満願でななく、禁煙や禁酒でも構いません。願いを叶えるために、自分に課した課題を成就することが満願です。


神様はあなたの本気度を試す。
あなたは自らの意思で、おのれの本気を神様に証明してみせなければならない。
そして満願のあかつきに、ようやく神様の扉が開く。

自分で立てた誓いを達成した者よ、そなたの願いをひとつ聞いてやろう。
そして100回目の参拝の時に、神様は初めてあなたの前に現れるのです。



11月1日から千葉県市川市中山にある日蓮宗大本山法華経寺にある日蓮宗大荒行堂が始まりました。
100日連続で神様にお参りするのがいかに困難かご理解いただけるかと思いますが、彼等は100日連続で参拝するのではなく、100日連続で参籠(泊まりこんで祈り続けること)をして神様に祈りを捧げます。

そして来年の2月10日、満願の日を迎えます。


修行僧の皆様、どうかご無事でその日を迎えられますように。








子供の話題に寄りがちで恐縮ですが、やはり初めて親としての視点を持つわけですから、それまで当たり前に見ていた景色も、視点の違いにより全く違う色を放つことを知り、その差異に驚かされることが多くてどうしても関連した話題が増えてしまいます。


子供が産まれて2〜3週間くらいまでは、もう、なにもかもが手探りで、オムツを替えたり、泣いてるのを寝かしつけたり、しかもこれを少なくともあと3〜4年は継続しなければならないのかと考えたら、いったいどれほど重大な任務を安易に請け負ってしまったのかと、先を考えて愕然とさせられました。

我が子は、どうやら他の同世代の子供より手がかからない方のようですが、それでも夜中に起き出すこともあり、泣き止まぬ時もあり。

あはれあはれ電のごとくにひらめきてわが子等すらをにくむことあり
斎藤茂吉が詠んでいますが、たしかに、どんなにあやしてもあやしても、いよいよ泣き止まない時は己心に雷電が走る実感があります。

しかしどんな親でも、こういう瞬間を経験しながら、ずっと我が子と対峙しては我慢と忍耐と努力を重ねてこられた。
昨今の我が子に対する虐待のニュースは多けれど、少なくとも子供がその年齢になるまでは育ててこられた。それがどこかで限界がきたのか、まるっきり本人に変化があったのか、その閃きがニュースになるような行為として顕現してしまったのでしょうか。

あの凶悪な犯罪者も昔はみんな子供だった、というあまりにも有名な歌詞がありますが、わたくしはそれよりも、虐待事件を起こしたあんな親でも、最初は溢れんばかりの情愛を我が子に注ぎ、ある程度子供が成長するまで努力して、みんな育て上げてきたのだなと思うことが増えました。
もし自分がここで育児に音を上げていたら、完全にそれ以下だぞと自分を叱責したものです。



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さて。自分の親です。



子供が最近よくあぶくを吹くようになりましたが、わたくしはそれを自分の指で拭くとか全く厭いません。
我が子のオムツ交換もむしろ楽しい仕事です。
汚いと思わないのです。

しかし逆に親の食べこぼしを拭く時など、かなりイライラする自分がいます。
まだ親は便の失敗とかはありませんが、近い将来、その世話をどんな気持ちでやれるでしょうか。


言葉を理解しない我が子に額をつけて話しかける時、ふと、父の未来を思います。

父が寝たきりになった時、我が子にするのと同じように、父に額をつけて言葉をかけてやれるだろうか。


我が子には、返事のあるなしに関わらず、愛の言葉を何度も投げかけます。
逆に親が、わたくしの言葉を一度でも聞き返そうものなら2回目なんてすっかり言う気が失せる。



この差はなんなのか。


子供の場合は暗闇に一瞬だけ稲光が閃く程度ですが、親に同じことをされた場合は轟音と共に完全に地上に落雷します。それくらいカチンとくる。

言葉によるコミニュケーション能力が足りないという意味では赤ちゃんも年寄りも同条件です。しかし、それに対する感情の波立ち方がまるで違う。

親はわたくしのためにどんなに汚い世話もしてきてくれた。
しかしその逆はなかなか困難です。
自分の子供には平気でできるのに。

子供に対する感情は、そのまま動物的野生の愛であり、人間以外の動物ですらも我が子は大切にする。
しかし、親に対する感情は、経験と理性で制御するしかない。それを古来『孝』と呼び、人間特有の美徳とされていたのではなかろうか。

孝と申すは高なり。
天高けれども孝よりも高からず。
また孝とは厚なり。
地あつけれども孝よりは厚からず。
はるか昔の親の『恩』、子供を持って初めて知る親の『恩』、これらの記憶が人としての理性を作り、本能的にプログラムされていない年老いた親への感情を操作して親に尽くす。だからこそ孝の実践は困難で、その徳目を実践できている人は古より高く評価されてきたのではないか。



iPhoneに変えたものの、電話以外の操作が全くできない父。靴べらを元に位置にもどさないし、普通にその辺で足の爪を切ってそのまま。台所の電気もテレビもつけっぱなしで寝るし、人の話を聞く理解力も落ちてきたように思います。


もう2〜3年前のことですが、大学の空手関係の先輩が福岡に来られ、道場に案内したり、約20年ぶりにゆっくりとお話をしたことがありました。
その先輩は結婚が早く、もう子供も高校を卒業する頃で、育児という意味ではひと段落ついた方でした。
当時わたくしは結婚こそしてましたが、かなり身軽な暮らしをしていましたので、話題は若い頃のことばかり。
先輩は、
『若い頃は自分のことだけ考えてれば良かったけどな、どうやったら強くなるかとか、就職のこととか。せやけどこの歳になるとな、親のこととか、子供のこととか、自分以外の悩みばっかりやで』
とおっしゃいました。
歳は近けれど、子供はおらず、母は早くに亡くなったものの、父親は依然として元気だったわたくしが実感していなかった言葉でした。

そりゃそうだ。家族を持てば誰でも若い頃より背負うものが増えてくる。

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今は可愛い盛りですが、我が子のオムツが外れる頃、入れ替わるように父のその世話が始まるかもしれない。

この時、人としてきっと試されるのだろうと、我が子の寝顔を見るにつけ、まだ見ぬ大いなる困難に漠然とした畏れを抱くのです。









子供が産まれて4か月になります。
もちろん何も喋れませんが、発声(喃語・クーイングなどと言うらしい)くらいはしております。

これが平均的には2歳くらいで会話が成立するようになるらしい。
会話と言っても、なにぶん語彙が少なく複雑な情報交換は不可能です。しかし、基本的な日本語文法の大枠構造はだいたい頭に入って、それで年齢なりの会話を試みるわけですね。

翻って、我々は学校で何年間英語を学んできたのか。
中学から英語を学び始めますが、すでにある程度脳の容量のできあがったところから単語を覚え、表記も同時に覚え、乳児とは比べものにならない語彙力も同時に取り入れながらの英語学習です。乳児より圧倒的にアドバンテージがある。

なのに6年経って、高校3年になり、もし私立文系を受けるとしたら日中活動の大半を英語の勉強に割いているにもかかわらす、なお日常英会話は難しい。

その差はなんなのか。
もちろん、先に別言語をインストールしてしまっているから、そのせいで思考フレームが別言語を拒絶しているから、というのはあるでしょう。あるでしょうが、それとは別の、習得に意欲的な者でもなかなか会話にいたらないのはなぜか。

そこで、4か月の育児を経験したわたくしが現時点で出した仮説は、言葉に込めた『愛情』、それに言葉周辺の『愛情』の差ではないか、と考えたわけです。

だいたい乳児には、乳児を主役としての言葉がかけられます。われわれの家族は主語(そのほとんどがあかねちゃん)と述語という、わずか二文節の単純構文を機関銃のように浴びせかけます。

学校英語では、読み手に無関係な第三者同士の会話などから始まります。
まず言語の内容そのものの臨場感が全く違う。

それに、愛情があるから、理解しようがしまいが関係なく、同じ言葉を飽きるほど投げかけ続ける。
これが他人なら、普通は同じ話は2度としない。

『繰り返す』=『反復』は、全ての学習姿勢の基本ですが、そこに愛があるのかどうかで実行性が変わってくるのではないか。

我々の小学校の頃の宿題の王道は、漢字を1ページ書き写すことでしたが、これは大変な苦痛を伴うものでした。なぜならそこには愛、つまりプラスの感情がなかなか動かない。
しかしわたくしの母は、字を覚える、というより、美しく書く、ということに強くこだわりがあり、毎回宿題の漢字ノートをチェックしては、美しく書けたか、丁寧に書けたかを評価します。

評価されれば嬉しいし、ダメ出しされればイヤになる。
やはりそれが日常になれば離苦得楽で、褒められたいもんだから頑張る。
おかげでわたくし、子供の頃は相当な多動症でしたが、漢字だけは得意で、さらに平均よりはややマシな字を書けるようになりました。

ところが中学くらいになるとある程度、親も子供の自主性に任せるから反復に愛は減ってくる。だから苦痛です。


英語が得意な人は、やはり英語を話す人と友達であったり、親戚にいたりする場合がほとんど。またはあちらで実際に暮らしたりとか。

そこには必ず愛情ある会話があって、それが血となり肉となり、自分の言語観を構築していきます。

もし本当に生きた英語を使えるようになるためには、愛のある言葉かけが少なくとも2年は必要ではないか。
学校からすればそんなヒマはないでしょうが、それでも急がば回れ、そっちの方が早い気がします。

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さて過日、白蓮会館福岡道場に身長180cmを超える黒人がやってきました。
彼の名前はJevon Westcarr。ジャマイカ人です。ちなみにそんなに日本語は話せません。

この彼がまた良い子で、とにかく素直で感動屋で、なにか技を説明すると明らかに『すごーい』という表情を見せてくれるもんだから、毎日の指導が楽しくてしょうがない。

残念ながら、彼は来年の3月までしか日本にいられません。しかし、今は空手が楽しくて、道場生とも仲良しで、そこにお互いの愛情が溢れています。
彼は日本に来て3年目ですが、残りの数ヶ月できっと今までとは比べものにならないほど日本語が上達するに違いない。

もちろん、同時に我々の英語力も。







わたくしの母は早くに亡くなりましたが、母の母は健在です。今年で100歳になります。

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わたくしが28の時に母が亡くなり、それから数年間、父と兄とわたくしという男世帯のために、ちょこちょこと勝嚴寺に来ては、洗濯や食事の準備をしてくれました。

あの頃わたくしはボディビル選手権にエントリーしており、GWから試合当日の8月末までの3か月間、朝ごはん以外一切固形物を食べなかった期間がありまして、それが祖母の滞在と重なりました。
祖母はわたくしが家で食事をしないことをかなり心配し、よく口論になったものです。

9月上旬、親戚が集まり、祖母の百歳のお祝いに集まりました。
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伊万里市にある『櫓庵治』。
社長はわたくしの大学の先輩にあたり、佐賀市内にも店舗をお持ちです、
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祖母は耳が遠く、話し言葉を理解するのはなかなか難しいのですが、字は読めるので筆談をします。
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みんな古いアルバムなんかを持ち寄ってましたので、こんなのも発見。
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両親の結婚式の写真です。

お寺って、やはり時代を経てもそれほど変わらないのが良い。
もう50年前の写真ですが、人物以外はほとんどそのまま。そのままの位置に同じものがちゃんと配置してあります。

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これも親戚の誰かの結婚式にて。
母と兄、父とわたくしが写っています。

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祖母は、4人の子供に恵まれましたが、うち2人に先立たれ、そのうちの1回の現場に立ち会いました。
母が亡くなったとの連絡を受け、祖母と兄と3人一緒にクルマで2分の病院に駆けつけた時、まだ母の体は温かかったのを覚えています。
なかなか崩れるところを見せない祖母ですが、母を見た時かなり取り乱して『洋子!洋子!』と泣き叫んでいました。その時わたくしは、母を亡くした悲しみより、祖母の悲しみの大きさを察して泣いていたように思います。



帰宅後、ちょうどウチの光子さんが生後約100日ということで、カタチだけですがお寺でお食い初めをしました。
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ネットでいろいろ調べたら、その座にいる最年長者から箸をつけてもらうしきたりらしく、こちらは上田の大ばあちゃんから初の食事を。
玄米を一粒だけ食べさせました。
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というわけで、100の数字にまつわる四世代の命の行事の日でした。

伊万里のばあちゃんにはまだ対面させておりませんので、近々腰岳稲荷の神々の元にご挨拶に伺う時に会いに行きます。

祖母はいつしかわたくしが誰なのかわからなくなり、そのせいか近年、腰岳稲荷にお参りしても祖母の顔を見ずに帰ることが多くなりました。
自分自身が子供を授かった今、いかに祖母の経験した悲しみが大きかったのかと、前より少し慮ることができるようになった気がしております。



わたくしがブログを書き始めて12年になりますが、わたくしが九十九里浜に行き始めて15年になります。
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この9月に九十九里浜に行くのは、日蓮宗の干支九星気学研究所である天星会の天地制化活法相伝のためです。
場所は山武郡大網白里町(近年、市になりましたが)の山中荘です。
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毎年毎年、食事が豪華で消化が間に合わず、必ず太って帰ってきます。


開講式
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この開講式は、井村大應会長が代務住職を務める東光寺にて行われます。

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天星会も創立当初は相伝講習の全ての日程をこの東光寺で完結させていました。現在では人数も増えて、開講式の後の日程は近くの山中荘に移動しています。

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そういえば、相伝の前日に地震がありました。

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大網白里の震度は3とありますが、わたくし自身、それを震度5くらいに感じて、恐怖におののいておりました。

阪神大震災を吹田市で経験し、福岡西方沖地震と熊本地震を佐賀で経験し、東日本大震災を仙台空港を出た直後に経験しました。
おいおい、俺氏、また現地で被災するのかよ、とひとりビビっておりました。なんと言ってもこの九十九里は高いところなんてない。見渡す限りの広大な平地です。もし津波が来たとして、走って逃げて、避難場所として考えられるのは、鉄筋2階建ての建物か、せいぜい湾岸道路くらいでしょうか。

めったに揺れない九州暮らしですが、いちお400日は千葉県市川市にて過ごしたことはあります。関東地方の日常的な揺れというものは充分知っているつもりではあります。

おかしいな。
もっと揺れた気がしたんだけどなぁ。
 
そういえば天星会に毎年聴講に来られている長崎の森上人、某国立大学の地質学専攻で地震を研究していたそうな。初めて会った時は怖い系のお兄さんかなと思っておりましたが、人は見かけによらないものだ。



さて。最近の光子さんのコーナーです。
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頭頂部の髪が薄いので、なんとなく男の子っぽく見えるのですが、帽子をかぶせるとそれがカバーされることに気づき、最近ではお出かけする時は帽子をかぶせることが増えました。すぐ脱げてどっか行くんですけども。
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おかげさまで4ヶ月を迎えました。
こちらとしては新生児の頃と全く変わってない気がしますが、いーはとーぶのスタッフが今月子供を産んで、隣に並べてみたら大きさが全然違う。
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いつの間にか、こんなに大きくなっていたのか。
毎日そばで見てると逆に子供の成長に気づけないものですね。

いくら現在の体格が違っても、この2人は同じ小学校、中学校の同級生。少なくとも15歳までは同じ学び舎の同窓生となります。

その頃、あたしゃ還暦ですわ。












荒行堂に入っている時を除き、どんなに面倒くさくても月に1度は更新していたブログが、先月ついに途切れました。

開設当初は、ブログ人口も少なく、無料で大勢に向けて発信できる唯一のツールだったので、ほぼ毎日更新し続けました。
毎日更新することが、より多くの読者を獲得する方法です!みたいな風潮もあって、別に伝えたいことがあろうとなかろうと、無理して話題を探し、したためてきました。

ところが時代が変わり、さまざまなSNSが登場し、内容的に厚みのないものなら別の媒体を使うことが増えてきて、やがてブログの(わたくしにとっての)役割も変化してきたように思います。

なので、思い切って更新頻度を下げて、月に1度書けばいいや、と肩の力を抜いて、長文を書く時だけ使うようにしたこのブログですが、それがさらに悪化して、8月は1度も更新せずに終わり、複雑な自己嫌悪感情に陥っております。

ま、言うほど気にしてませんけれども。

ブログをやっていらっしゃる方のほとんどがそうかもしれませんが、記事を書かない時はネタがないから書かないのではなくて、ネタがありすぎて書けなくなっており、おかげさまで刺激の多い暮らしをさせてもらっています。

ところが、ブログを書かなくてもいいや、というふうになってしまってから気になり始めたことがあって、アウトプットを放棄してしまうと、同時にインプット機能が衰えてしまうということです。

『あ。これはおもしろいな』
という小さな感動が最近めっきり少なくなった。
『正見』と言うには傲慢でしょうが、最近、今まで見えていたものが見えにくい。
確実に『無明』、要するに、目の前にある現象に気づきにくくなってきております。

賢者というものは、特別なものが見える人を指すのではなく、みんなと同じ景色がみえているのだけれども、そこからみんなとは違う発想をし、新しい価値を見出すからこそ賢者であり、いわゆる超能力的な霊視とか透視とかができるわけではない。みんなが見ている景色と同じ景色を見ているわけです。
内容の正誤はともかくとして、何か情報を発信しようとする者は、常に聞き手からの評価・裁きを受けねばならず、無言でいるよりも緊張感があります。
情報発信をする方はとにかく大変です。
別に情報発信をする方が上位に立つわけではないのですが、意見や考えを言わないという選択は、自分が評価される積極的な機会の放棄ですから、大幅な減点はされない。ラクなんです。
ところが、無言は停滞であり、周りは少しずつ進化する分、相対的に時間をかけて地位を低下させていくもの。

情報発信をやめてみて、あら?最近いろいろ劣化してるなぁ、と実感して落ち込んでいるのです。


大丈夫です。
別にブログをやめる気はありません。
めったに書かないブログなのに訪問してくださる方に心よりお詫びと感謝を申し上げます。


さて。
実はわたくし最近子供が産まれまして。
アホみたいに写真を撮りまくっているのですが、特にお気に入りの写真を何枚か載せたいと思います。

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この顔、この角度から見るのが好きで、とある漫画のキャラに似てるのですが、それが思い出せません。
黒い服を着て、赤いマスク(メガネみたいなの)をかけてる、ちびっこギャングみたいなキャラです。心当たりのある方、ご連絡ください。

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こちらは叢林塾の田村先生にいただいたお召し物。この夏一番のお気に入りでした。

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こちらは福地支部長のお母様からいただいたお召し物。目のあたりを蚊に食われてます。

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早く大きくなってほしい願いと同時に、いつまでもこのままの大きさでいてほしいというわがままな気持ちと両方あります。

正確な体重はわかりませんが、たぶん今6kgぐらいあるんじゃないか。
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なぜか小指の関節が4つある(ように見えます)。
ウチの父は、ああ見えて手相マニアで、
『いや、ひょっとすっぎん、アカネはどがんじゃい大物になっかもしれんばい』
と、この手相を見るにつけ呟いています。
なにやら特殊な手相なんですって。
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ともあれ、父は光子さんが小学生になるまでは元気でいると決めているらしく、光子さんのおかげでおそらく健康寿命も伸びたに違いない。









白蓮会館九州本部で、YouTubeのアカウントを作っております。

よかったらチャンネル登録もお願いします。

本日、長らくお待たせしてしまいましたが、6月17日に開催された白蓮会館九州本部主催・ファイティングオープントーナメント全九州空手道選手権大会の、Mコート(一般の選手権の部)の全試合の動画をYouTubeにアップし終わりました。


 


ぜひ戦い方の研究材料としてご活用なさるなり、またご自身の空手人生の記念となさってください。
いったんYouTubeに飛んで、YouTubeの検索窓からお目当ての選手の名前を入れると、いつでもその試合を観ることができます。


そうそう。


この動画に登場する岩伶佳が

『自分の名前を検索されたらYouTubeで自分の試合の動画が上がってくるから、恥ずかしい試合はできない』

と言っていました。



そう!


それ。 それなんです。


それが狙いなんです。

そうやって白蓮会館の九州大会に出る選手が、自分の動画が上がることに緊張感を持ってくれることが嬉しい。

そうすれば大会のレベルも上がるし、近い将来、地域で選ばれる大会になる。


大会のビデオが売れなくなった昨今、スーパースターが出てきにくい時代になっています。

我々の時代なんて、松井章圭vs.アンディフグや、ケビンペッペラルvs.黒澤浩樹、鈴木国博vs.塚本徳臣の試合なんかを見たことない人なんていなかった。


申し訳ないが、わたくしは今の松井派の看板選手をひとりも知らない。


別に今の空手界にスーパースターがいないわけじゃない。

しかし、今のスターより昔の方が圧倒的に知名度があった。

やはり試合を見る機会が減ったんです。
昔は媒体が少なかったから、目の前にある一本のビデオを擦り切れるほど見返すしかなかった。

だからこそ、これからYouTubeの存在が輝いてくるのではなかろうか。
しかも全日本からではなく地方から。
そんな時代なのかもしれません。

全試合、3台のカメラで撮って、上手に編集されています。
ただ固定カメラ1台の録画じゃないんですよ。
お金はかかるが、これからも毎年続けていこうと思います。
よろしくお願いします原さん。



そういえば、佐嘉神社の日峯さんで行われたお祭りステージでの演武の帰りしな、露店のクレープ屋さんでクレープを作る工程を動画に撮ってYouTubeにアップしたんです。


これが、いったいどこでどう転んだのかわかりませんが、なぜか再生回数が100万回を超えました。

それに伴い、チャンネル登録者もめちゃくちゃ増えました。
ただ、空手に全く興味のないチャンネル登録者の期待に沿うことは一切できないと思いますが。

こういうのもYouTubeの面白いところですね。
必ずしも資本力を持っていない事業者でも、世間に広く商品を告知することができる。

よかったら白蓮会館九州本部のチャンネル登録もお願いします。

なお勝嚴寺のアカウントもあります。
まだなんの動画もアップしてませんが。いずれ。




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日蓮宗少年少女行学道場(子供キャンプ)の2日目は、目の前の海水浴場でのラジオ体操から始まります。
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その後、海の家で朝食。
いったんキャンプ場に戻って水着に着替えて、早くも8:00過ぎから海に突撃です。
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それにしても、この芥屋海水浴場は海がきれい!
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水が澄んでて、海底の砂もバッチリ見えます。
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ここの海の家(白浜屋)のスタッフの方々は、ほんとヒマさえあれば海岸の小石や漂着物を拾って回っていらっしゃる。
こういう地道な努力のおかげでこの海の美しさが保たれているのでしょう。
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平日ということで、利用者もまばらでプライベートビーチ状態。
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あれ?浜になんか落ちてる。
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近づいてみよう。
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首まで埋まった晃平でした。

さて、トラブルと言えば、福岡道場のゆきなが、バナナボートから落とされて相当ご立腹あそばす。
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『もう二度と海には入らない!』
となかなか機嫌を直してくれません。
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午後には再び復活して元気に走り回っていたから安心しました。

そうそう。
この日、結婚して京都に嫁いだあっちゃん(山中妙淳上人)がお手伝いにきてくれたんです。
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あっちゃんは、尼僧としてはウチの嫁の1年先輩で、あっちゃんに影響された部分もだいぶありました。
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光子さんも海風に少しだけ吹かれてみました。

さて、わたくしは夕方の空手の指導のために早めに失礼して、福岡道場に向かいます。
なんと言っても、この日は白蓮会館鎌倉湘南支部から、おなじみ野見山嘉瞳拳士が出稽古に来るのです。
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いったい、どんだけ選抜されてんのよ
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この日は福岡道場のエース七海が神戸支部に出稽古に行ってて不在でしたが、その留守をののかがしっかり守ってくれました。
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弟もすっかり大きくなって、去年とは別人です。

さて、その頃の行学道場は。
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夕食は初日がカレー、2日目はバーベキューでした。
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自然の中で食事。
準備も後片付けも頑張りました。
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『エアコンなしのバンガローはどうだった?』
男子
『めっちゃ暑かった』
女子
『めっちゃ寒かった』
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男女で感想が違います。

3日目、ラジオ体操と朝食が済んだらすぐに唐津に戻り、お寺の掃除です。
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その後、勉強の時間。
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楽しかった2泊3日のキャンプもあっという間に終わりを迎え、ついに閉校式。
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白蓮会館の道場生だけで記念撮影。
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そしてお昼過ぎに解散。
それぞれの道場に帰ったのが14:00頃でした。

なにが偉いって、木曜日の佐賀道場の稽古、キャンプ参加者が全員出席してたのが偉い。

あなたたち、きっとみんな強くなるね。

また来年もご案内いたします。
日蓮宗少年少女行学道場、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。







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毎年恒例、今年でなんと第55回目を迎える日蓮宗佐賀県青年会主催の少年少女行学道場(子供キャンプ)が、7月24日から2泊3日で行われます。
今年の会場は唐津市浜崎にある億昌寺。
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数少ない佐賀県日蓮宗の同級生・中溝朋寛上人のお寺です。
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そう。僕が現役の青年会員だった頃は、三日月町の野外研修センターか、この億昌寺かどちらかが行学道場の会場だった。
どこを見ても懐かしい想い出が残っています。

今日は初日。
この本堂で開校式、その他各種オリエンテーションや勉強、作文などが行われました。
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読経だったり。

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仏前の所作だったり。

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将来の夢の作文を書いたり。

なんといっても億昌寺から徒歩3分で海!
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さらに、偶然にもここに遊びに来ている川邊さん親子!
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この行学道場のレギュラーメンバーだったくにも、今では中学3年生。すっかり大きくなって、まるで別人!
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時間のない中、短パンのまま無理から海に飛び込んできました。

でも、今回は浜崎海岸には泊まらないのです。
理由は、億昌寺から徒歩2分のところにあったキャンプ場が使えなくなったから。
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なので、夕方までこちらで各種オリエンテーションや研修を行って、夜は福岡県は糸島の芥屋キャンプ場に移動します。
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残念ながら、わたくしが一緒にいられるのはここまで。
いくら13人もキャンプに参加しているとはいえ
、いつも通り、白蓮会館佐賀道場の通常稽古がありますので、ここから一路道場に戻ります。

ところが。
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なんと稽古に来たのは金子佑貴ひとり。

そりゃあ、やりましたよ。
個人レッスン90分。主にコーチングミットから顔面有りのスパーリングまで。

なお、今日の福岡道場の稽古も普通にありますので、どうぞ皆様遠慮せず稽古においでください。



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