【 大野英章の“昼夜常精進”】

空手道場 白蓮会館(佐賀・福岡) ならびに 日蓮宗仙道山勝厳寺の活動日記。

仙道山勝嚴寺は、佐賀県にある日蓮宗の寺院。各種因縁・未来鑑定/加持・祈祷修法・お祓い・追善供養・水子供養/葬儀・納骨堂・墓地/宗教相談/妙法蓮華經/観心の本尊

国際空手拳法連盟 白蓮会館九州本部は、佐賀・福岡で活動する実戦空手道場。護身錬胆・健康増進・精神修養。ステップ指導で無理なく上達/各会員の目的に応じたクラス編成/新人戦・選手権への挑戦/子供達の礼儀の徹底と体力の向上。

あっと言う間に1週間が過ぎてしまいましたが、1月18日から26日までの9日間、久しぶりに長期間自宅を離れて関西に滞在しておりました。

19日(日)に大阪府立体育会館にてジャパンアスリートカップ(JAC)、翌週の日曜日26日に神戸グリーンアリーナにてリアルチャンピオンシップトーナメントが立て続けに開催され、それぞれに選手が出場するので、こんな機会もめったにないからと指導も全部交代してもらって、この機にそのまま関西に居続けて、ご無沙汰している方々に挨拶したりして過ごしてみようと、そう思ったわけです。

18日は、往復のチケットを嫁に任せていたら、まさかの始発。人気がないから安いらしい。
しかし、8:00に大阪に着いても夜のレセプションパーティまで、いや、ホテルのチェックインまですることがない。
結局4:30に起きて家を出て安い飛行機に乗り、数千円使ってネットカフェで寝るという帳尻合わせをして、翌日のジャパンアスリートカップに臨んだわけです。

結果は2階級でチャンピオン誕生!
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辻七海は、これまで3回開催されたジャパンアスリートカップ全て優勝3連覇という、現時点で誰もなしえていない大記録を樹立しました。
一方の本田ななかも3回の大会で2回優勝、1回準優勝という、これまたとんでもない大記録を残してくれました。

2人の戦いっぷりは内藤支部長がYouTubeにまとめてくださってます。ぜひご覧ください。

七海が優勝、ななかも優勝という報告を聞いて、ああ、やっぱりな、などと思われたかもしれません。
しかし、この現場にいなかった道場生の皆様に強く伝えたいのは、この2人も、いつだって楽に優勝したことは1度もないということです。
毎回強豪相手に、ギリギリどちらに転んでもおかしくない試合で、全てを削って戦った結果、薄氷を履む勝利を重ねてきたのです。
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今回、白蓮会館九州本部からJACの本戦出場権利獲得者は6名(七海・ななかのほか、本田ののか、陣内美桜、辻蓮海、中村彩良※今回欠場)。なんと全員が女子でした。
その全員が1回戦突破。それぞれに素晴らしい戦いを見せてくれました。
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終わって九州勢は近所で打ち上げ。
普段一緒に稽古する機会のない佐賀道場生、福岡道場生同士だいぶ仲良くなれたようです。
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さて。翌月曜日は、大阪に行った時は必ず開催する、阪急春日野道の駅前にある洋食屋つよしにて、丸一日、恒例の勝嚴寺大學神戸教室でした。
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そこで、結界をはるための塩を受講なさった皆様にお配りして。

さらに翌火曜日の日中は、様々な御神体やお札などの魂入れや、クルマのお祓いなど。
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夜は、白蓮会館神戸支部に、実に5〜6年ぶりに出稽古に伺いました。(つづく)



1月18日〜26日まで大阪近辺におり〼。

19日に大阪府立体育会館で開催されるジャパンアスリートカップ(JAC)、翌週26日(日)神戸アリーナで開催されるリアルチャンピオンシップトーナメント本戦大会。

わずか中6日で2回も九州から関西へ出かけなければなりません。

悩んだ挙句、スケジュールを調整して、そのまま居続けることにしました。

人生でこんな機会もなかなかない。
大阪には年に3〜6回ほど行きますが、常に空手の大会絡みで、試合が終わればとんぼ返りです。
せっかくの貴重な機会なので、ご無沙汰をしているいろんな方に御挨拶に伺ったり、出稽古に伺ったり、神社仏閣に参拝したり、大学時代や本部職員時代の懐かしい思い出の場所を巡ったりしたいと考えております。

現時点(1月8日)でのわたくしのスケジュールは

18土 昼 佐賀を出発 夜 JAC前夜祭(なんば)
19日 終日 JAC本戦大会(なんば)
20月 終日 勝嚴寺大學神戸教室(神戸)
21火 夜 白蓮会館神戸支部出稽古(神戸)
22水 空き
23木 空き
24金 空き
25土 終日 某御信者様御修祓(大阪)
26日 終日 リアルチャンピオントーナメント(神戸)
大会終了後、そのまま九州に戻る

となっております。

出稽古に伺った道場では、内藤支部長のYouTubeチャンネルの【 道場紹介シリーズ 】の動画も撮影しようと思ってます。

もしこの期間に大阪近辺にてお会いできる方がいらっしゃれば、ご連絡をお待ちしております。

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↑こちらは阪急電車の車窓から。
梅田から十三に向かう淀川の上で、一斉に神戸線、宝塚線、京都線が揃って北上する瞬間の写真です。
こーゆーどうでもいい体験をしようと考えてます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

肉を食べるのをやめて、1年が経ちました。

やめて最初の2か月ほどは禁断症状?が出て、相当辛かったのですが、今ではこのスタイルが板について、日常生活にさして差し支えを感じなくなりました。

実を言うと、11月に試合に出たので、その前にはちょこちょこ外食で肉を食べたこともあったのですが(カラダの柔軟性については別の機会に)。


思うことはたくさんあります。
酒をやめてもさほど考えさせられることなんてなかったのに、肉をやめたら何かと考えさせられることばかりです。


1年経ったところで、今後家族がどのような食事をしていくか、再検討してみました。

基本、家庭内では引き続きペスコ(卵、乳製品および魚介類は食べる)でいきますが、外食のルールを少し和らげることにしました。
自ら積極的に肉食を選択することはしませんが、今後、出されたものはありがたくいただくことにします。
そこで線を引き直すことにしたわけです。

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線を引く。


なぜ肉はダメで、魚はいいのか。
なぜ植物の命を奪うのはいいのに、動物はダメなのか。

日本は古来より鯨を食べる文化があったから、諸外国から捕鯨のことをとやかく言われると、やはりカチンときます。そこで一般的日本人が反論するのは
『クジラだって哺乳類なのに、西洋人は牛豚を平気で食べるくせにクジラを食うなとはどんな理屈だよ』
というもの。

彼らの線は、牛豚とクジラの間にある。

では、一般的な日本人の線は?
わたくしはまだ犬猫を好んで食べる日本人にお目にかかったことがないため、おそらくほとんどの日本人は犬猫と牛豚の間に線があるのでしょうね。
SNSでも猫の虐待動画など拡散され流れてきますが、牛豚の生育環境の向上を求める動画などは見たことがない。

では、犬猫と牛豚の差はなんなのか。

なぜ多くの日本人はここに線を引くことを是としているのか。
多くの人が牛豚を食用と定義して、一方で犬猫を愛玩用と定義して、それに疑問を持たない。


サラダバーを食べようと思うと、どんな店があるでしょう。
サラダバーがある店といえば、チェーン店のステーキハウスです。なのでわたくし達はサラダバー目的でステーキハウスに行ったことがあります。

でも、動物の生命のために肉を食べないという理由で、サラダバーのあるステーキハウスにお金を払うことは、間接的に牛豚の生命を奪うことの手助けをすることになります。

居酒屋で、僕は肉を食べないからと言ってカッコつけて別のメニューを注文しても、その店の厨房では同時刻に次々に肉料理が提供されていきます。

イスラムの人々には、ただ豚肉を食べないだけでなく、豚肉を切ったことのある包丁で調理された料理を全て拒否する方がいらっしゃいますが、おそらくそういう理由でしょう。
日本人からすると、そんなに厳密に禁忌を守ってどーなるの?みたいな感覚ですが、考えていくとどこまでも深みにハマっていくことに多少なりとも共感できるようになりました。

だからと言って、肉を売らないスーパーなんか存在しませんから、ウチはビーガンだぜ、と言ってスーパーで野菜を買っても、その行為が巡り巡って肉の販売促進を助けることになります。


結局どこまで行っても正解なんてない。

必ず世界は繋がっているのです。


別にわたくしは肉を食べない布教をする気なんてありません。
ただ逆によく批判されるので、それに対して一言申し置きするだけのことです。

わたくしなりに引いた線の場所が、多くの方の線の位置と多少ズレているというだけのことです。

食べることを制限することによって、食べることについて真剣に考える。
やはり知識というものは、体験に裏打ちされた時にようやく『智慧』へと昇華できるものなのか。
そのように考えるようになりました。

今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。






令和2年は六十干支の第36・庚子(かのえ・ね)の年に当たります。

庚とは馴染みのない字ですが、金局の陽を表し、硬さ、重さ、また集積、蓄財、回収など、これまで散らばっていたものが一点に戻ってくる意味があります。また庚は『更』の異体字と言われ、この文字を含むもの、更新、変更、更改など、強い変化という意味も持っています。
子は、あかねちゃんの『ね』です。ねずみをイメージしますが、『了』おわりと『一』はじめの合字で、一時代の終了と、新時代の始まりを意味します。
そんな庚と子の組み合わさった令和2年、どちらも強い転換を意味します。これまで価値があったものが崩壊し、全く新しい価値が生み出される1年となるのではないかと考えられます。

そんな勝嚴寺の大晦日から元旦は例年通りの新春祝祷會ならびに年越し水行から始まりました。
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参拝者はいつも通りだったものの、水行参加者はやや少なく、今年は30人の挑戦がありました。
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気温も低めで風もあって、体感温度はここ10年で一番寒かった気がします。

今回はスタンド式LEDライトを2脚購入し、明るさもバッチリ。

さて、今年のわたくしの目標は、
・昇段
・僧階昇叙
という極めて個人的なものを2点上げておきます。もう試合は疲れました。ほかにも多々ありますが、とりあえず目に見える目標としてこちらの2つを。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。






人生で初めて、落語を聴きに行きました。

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これがまた衝撃的に良かった。
落語のことは知識としては知っているけれども、実際に会場に足を運んで、その空間に身を置いて聴いてみたらイメージとは全然違いました。

きっかけは数年前に知り合った居合の先生にお誘いいただいたからだったのですが、日曜日のお昼はどうしてもお寺の法務が立て込んでおりまして、14:00に福岡は間に合わない。
会場に遅刻して到着し、途中に扉を開けるのを遠慮して仲入り(休憩のこと?)までロビーで待つことに。

後半は桂春蝶さんから。
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なぜ落語家が洋服を着て、観客が着物を着ているのかは謎です。

わたくしは、ネット上で見かけた
『落語は、話が長く、最後まで聞かないと分からない点が、現代の笑いに合わない』
というような落語評論をなんとなく鵜呑みにしておりましたが、全然そんなことはない。
話のテンポも、言葉遣いも、全く飽きさせない。もちろん本論となる話があるのですが、その前後の話術はきわめて現代的で、複数人のトークではない1人話でここまで観客を惹きつける高いスキルがあることに驚かされました。

トリは柳家花緑さん。
この方の話の演題は『文七元結』。

もう、泣きっぱなしでした。

まさか落語で泣くなんて、と思いました。

これはカッコ悪いと思ったのですが、まわりにもけっこう泣いてる方がいらっしゃる。

とにかく登場人物に感情移入してしまう。

1時間くらいの長い長いお話でした。


終わって外に出て、余韻の中で文七元結を検索しましたら、

文七元結(ぶんしち もっとい)は、三遊亭圓朝の創作で、落語のうちの人情噺のひとつ。登場人物が多く、長い演目であり、情の中におかし味を持たせなくてはならないという理由から難しい一題とされ、逆にこれができれば一人前ともいわれる。

ほうほう。

さっそく自宅に戻って、YouTubeで文七元結の動画を観ました。

ちなみに約1時間強です。

それを3本観ました。
・古今亭志ん朝
・柳家喬太郎
・立川談志

いかにわたくしがこの話に熱狂しているかお分かりでしょう。

どの方の話も、それぞれに特徴があって素晴らしかった。
例えば談志さんは、親戚付き合いというのはどんな意味なのかを面白おかしく喩えを使って説明するところが良かったし、花緑さんは、文七が店の名前を思い出すシーン、べっ甲屋の主人がお祝いの酒を買い出しに行くシーンを省かれたりしていました。
他にも例を挙げればいろいろあります。


それでも柳家花緑さんの話が一番良かった。


それはもちろん、実際に会場でリアルタイムで聴くという臨場感効果もありましょうが、柳家花緑さんが一番良かったと言える理由は、登場人物の誰が今しゃべっているのかというコントラストが明確だったことです。
体の向き、顔の向き、表情、それに何より声色、トーンの違いがはっきりしていて、話の筋が何よりわかりやすかった。

だって、泣かされたのですよ。
それくらいの強い臨場感があったのです。

今回は落語でしたが、おそらく落語に限らずどんな業界でも、その道を極めた方のパフォーマンスを、実際に足を運んで、目で見て、耳で聞いて、しっかり体験する、ということは本当に素晴らしいものだなと思った次第です。







いや。負けたんですけどね。

11月23日(土・祝)佐賀県立総合体育館において開催された、正道会館主催・葉隠カップ全九州空手道選手権大会の、レジェンドの部というワンマッチに出場しました。
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このレジェンドの部というコンセプトが実におもしろい。

普通、空手の試合といえばトーナメント。
一般部はもちろん、小学生もトーナメントだし、壮年部のおっちゃん達もトーナメント。全国各地、どこを見てもトーナメント戦ばかりです。
しかし、トーナメントって結構残酷で、ただ1人のチャンピオンを除いて、他の全選手は必ず負ける。
まぁ、最初はそうやって誰もが生存競争を勝ち抜いていかなきゃならないのですが、それぞれの道場で、その道場の代表者だったり、高段者の師範代クラスの方が、いくら勝っても勝っても、優勝以外は負けるまで永遠に対戦させられるトーナメント方式に出るのは、なかなかつらいものがあります。

そこで昨年から葉隠カップで採用された『レジェンドの部』。このクラスは、ボクシングとかで一般的な、ワンマッチ形式なのです。
しかも、勝った人は翌年どなたかの挑戦を受ける。いわゆる防衛戦です。出場資格は40歳以上で、道場の責任者もしくは二段以上の師範代クラス、または往年の全日本タイトル保持者。

チャンピオンは観客の前で『来年は◯◯会館の◯◯先生とやってみたいです』などと爆弾発言をする。

過去、こんな恐ろしい大会があっただろうか。
大観衆の見てるところで名指しされるなんて。

でも盛り上がるんです。
そんなこんなで、御指名により今大会の出場は昨年から決まっておりまして、正道会館大分南支部の関義人選手と対戦しました。
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関選手は、つい数年前の正道会館全九州空手道選手権大会の一般重量級で、総本部の若手有力選手を破って優勝するなど、まだレジェンドというより、ほとんどリアルタイムで全盛期の強さを保っています。
ちなみに関選手とウチ(白蓮会館九州本部)の選手も過去、田中亮、田中徳晃が対戦していますが、これまでみんな負けていて、そのリベンジの意味もありました。

しかし、試合が近づいてもモチベーションが全然上がらない。
拳も痛いし、膝も痛い。練習できない言い訳をすると、いくらでも出てきます。 

なにより、気力がない。
長距離のロードワークや山道ランニングには行こうと思えるのですが、瞬発力を付ける練習、ダッシュやスタミナのミットなどがとにかくしたくない。

これを、肉を食べていないからと肉断ちのせいにしてみたり。
まぁ、なんとか走り込みだけに頼ってスタミナをつけて、今回の大会に臨みました。

ウォーミングアップは、なんと龍士會の南原先生に付き合っていただきました。
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まぁアップなんてその時になって誰かに頼めばいいや、くらいに軽く考えていたのですが、ウチの道場生も大会スタッフとかでバタバタしていて全然つかまらない。
ちょうど南原先生が
『アップしました?』
と声をかけてくださって、生意気ながら先生にミットを持っていただけないかとお願いしました。
南原先生とは最近でこそかなり仲良しですが、つい5〜6年前まで口も聞いたこともなかったのです。まさかそんな他流派の先生に、こうやって一番大事な瞬間に助けてもらうことになるなんて想像もつかなかった。改めて御礼申し上げます。

試合はなんと、一般上級の重量級決勝戦よりもあと、完全に大会のファイナルでした。
しかも演出がかなり良くて、正面のステージからMコートへ入場。
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こーゆーの、オッサンになっても意外に嬉しい。

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内容は本戦0-0、延長マスト2-3のスプリット判定で、まぁ恥ずかしくない動きはできたのかなとそれなりに満足しています。
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試合前はとにかく精神的にも体力的にもキツくて
『もう試合なんて2度と出るもんか』
とか思っていましたが、終わってみると反省点だらけで、ああすればよかった、こうすればよかった、といろいろ湧き上がり、すぐにでも再戦を申し込みたくなるから不思議です。

試合そのものは、関選手の左の上からの打ち下ろしがとにかく痛くて、距離を詰めるのを躊躇しました。自分の感触ではめちゃくちゃやられてたように思っていたのですが、後でビデオを見てみると、あら?意外に互角に打ち合ってるなぁと思いました。

わたくしだけかもしれませんが、試合中は白い霧に包まれて視界が狭くなるような感覚になるのです。久しぶりにその白い霧に包まれました。ああ、そうそう。試合ってこんなかんじだったな、と。
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しかしながら翌日になっても、したたか喰らった関選手の左のパンチの痛みが酷い。あまりにも痛いから月曜日に病院に行きました。

レントゲン撮りましたが別に骨には異常なし。
これで折れてたら
『いやー先日、空手の試合に出ましてね、その時にパンチで胸骨を折られちゃって』
とか自慢してみんなの気を引こうと思ってたのに、なんとも残念です。
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大会主催の甲斐孝先生を始め、石井館長、東本部長、対戦していただいた関選手、そのほか表に裏に応援してくださった全ての皆様に感謝申し上げます。
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翌日は、白蓮会館九州地区研修会で、福地将人選手をお招きしてのセミナーもあり、大変有意義でした。
内藤先生がYouTubeチャンネル開設してますので、よかったら皆様チャンネル登録をお願いします。

今回は道場生の試合のセコンドにほとんどつくことができませんでしたが、また週明けから指導を頑張ります。



妙法蓮華經を根本教典とする日蓮宗(他の法華経系教団も含めて)では、方便品第二から如来寿量品第十六までの間の章を読む機会がほとんどありません。
なぜそこを飛ばすのかと言えば、ちょっと語弊がありましょうが、似た内容の繰り返しだからです。

どんな内容かと言えば、授記です。
とにかく授記が繰り返される。
授記とは、佛が誰かに対して
『あなたは必ず将来〇〇という佛になれます』
という約束をしてくださることです。

法華経の序品列座の聴聞衆は、諸説ありますが1800万人ほどおりました。
普通なら
『ここにいるみなさん!将来みなさん全員、必ず佛になれますよー!』
と、全体に向かって一度だけ言えば済みそうなものを、それを釋尊は
『〇〇よ。そなたは将来〇〇という佛になり、その国の名は〇〇、その時代は〇〇と呼ばれ、〇〇もの人数の衆生が救われるであろう』
と、ひとりひとりに、わざわざ丁寧に授記をしてくださる。
比喩品第三以降、釋尊はそこにいる一人ひとりにひたすら授記をしていくので、もちろん内容はそれだけではありませんが、客観的にあまり代わり映えがしない。

この長い長い授記が、法華経全体の前半のほとんどに及びます。
なぜにこのように釋尊は、全体に授記をせず、わざわざ一人ひとりに授記をしていったのか。



さて、わたくしは空手を始めた当初、学生時代の思い出として3年くらいやってみるか、よしんば卒業までに黒帯を取れたらいいかなぁとか、それぐらいに考えていたわけです。
まさか自分が空手道場の師範になるとか、いろんな全日本選手権などの大きな大会で活躍できるなんて事は、その願望はあれども、そこまで本気で思っていませんでした。

普通、最初から全日本チャンピオンになってやろうと思って空手を始める人はいません。今より少しでも強くなれればくらいに思って空手を始めます。それが修業の過程でさまざまな良縁に恵まれ、そのおかげで当初の目標が途中でより高く再設定され、これを繰り返しながら研鑽が続いていきます。

当時の白蓮会館は、全国的に知名度は高かったものの規模としてはまだ大阪ローカルの流派でした。
わたくしが青帯だった頃、師匠である杉原正康館長が事務所で
『大野はどこ出身なん?』
と声をかけてくださった。

これはすごいことなのです。
当時の白蓮会館総本部は、とにかく道場生の在籍数がスゴくて、同じ青帯ですら名前と顔を覚えきれないくらいおりました。色帯なんて、よほど目立っていないと館長に名前すら覚えてもらえないし、個人的に声をかけてもらうことも極めて稀なことでした。

『ぼくは九州の佐賀県です』
と答えましたら
『そうか。んーなら将来、佐賀に支部ができるなぁ。頑張りや』
と言ってもらったのです。

わたくしはその言葉がめちゃくちゃ嬉しくて、あまりの感激に、
『地元の佐賀県に道場を出すまで頑張る』
という人生の目標がこの時点で確定してしまいました。


これが授記の力です。

まさにわたくしは師匠から未来の支部道場責任者という記別を授けられたわけです。
まさに良縁によってより高い場所に目標が再設定されました。

もし館長がズラリと道場生が並んでる前で
『君たちは全員、いずれ地元で道場を出すことになる』
と言われたからって、誰も空手に人生を捧げません。

館長がわたくしを名指しして、将来キミは支部長になるのだ、と言われたことが完全なる魔法なのです。
ひょっとしたら館長は似たようなことを誰にでも言ってたのかもしれませんが、その一言でわたくしはむちゃくちゃ頑張ろうという気持ちになりました。


ひとりひとり名前を呼んで、あなたは佛になれます、あなたもなれる、あなたもなれる、あなたもなれる、と個を尊重して授記をしていくからこそ言葉に力がある。

ちなみに10年前の結婚式でこのエピソードを紹介しましたら、師匠は
『へ?俺そんなことゆーてないで。彼も作り話が上手ですわ』
と言って笑いを誘っていましたけれども。


話は横道に逸れますが、有名なキリストの某映画で、キリストが両手両足を縛られるシーンがあるのですが、これがちょっとしつこい。
我々現代日本人の発想なら、片手が拘束されるシーンだけ見せられたら、たぶんあとの3本も同じように拘束されてるんだろなと察しますが、作製者は全部カットせずに似たようなカットを4回連続で映した。我々の感覚からすると、この映画のつくりはちょっとくどい。
しかし作製者にとっては、尊いキリストの身体がこんなにも痛めつけられているシーンなのに、それを簡単にはカットできないと考えたのだそうな。

同様に、この全員への授記という作業は、いくら煩雑であろうと省略ができない大切な行程なのです。
だからこそ法華経は他の経典より有り難いのだとも考えられます。


人々が最初から上求菩提をあきらめてしまったら根本的にどうしようもないのです。
まさに人間が向上しないように、何者かによってかけられた魔法のようなもの。

釋尊は、法華経後半の本門を説くよりも前に、この場にいる全員にかけられている、このなんとも厄介な魔法を解くことから始められたのだと考えます。

その厄介な魔法とは『あきらめ=精進の放棄』です。


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つい先日、千葉県に大規模停電をもたらした台風15号をはるかに凌ぐ勢力の、台風19号が接近しています。
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折しも日本国内は土、日、月の3連休。
特に、関東地方を直撃すると見られる10月12日の夜は、東京池上本門寺のおえ式逮夜で、江戸の三大祭りとも言われる万灯練供養が、なんと史上初の中止となりました。

Facebookで友達の岸和田の方がこのような画像を上げていらっしゃいました。
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これには笑顔にさせられました。
日本各地、お祭りを楽しみにしている方々の思いは同じなのでしょう。


勝嚴寺の納骨堂に、懸垂幕を掛けておりますが、これが強風に煽られて大変です。
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前々回の台風は、人々の記憶にも残らないくらいの普通の規模だったのですが、その時に足元の縛りを振りほどいて竿が暴れて壁面のガラスを割りました。
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今回は、コースも違うし、なんぼ規模が大きかろうと他人事のように思っていたのですが、11日夜中に、すでに普通の台風の暴風雨域に突入してるのではないかというくらいの強風にビビって幕を巻き上げてきました。

この幕を巻き上げる作業もひと苦労。
つくり酒屋さんとか、お寿司屋さんで同じような懸垂幕を掛けていらっしゃるところは、どのような対策をなさっているのだろうか。
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8月にガラスが割れて懲りたウチは、それからというもの台風が来るたび懸垂幕を全部外していたのですが、これがまた大変。

でもさすがに知恵を出して、ホームセンターでSフックを買ってきて、こんな風に巻き上げてみました。
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これなら簡単です。

あと、題目ののぼりの問題もあります。
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台風が来ると室内に取り込むのですが、連日連日風が強いとアタマのパーツが折れてしまう。
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ほかの部分はほぼパーフェクトの状態なのに、これが折れたら使い物にならない。

某ショッピングサイトで探してみたら、ちゃんとそれだけ売ってあった。
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とりあえずよかった、よかった。


それにしても風が強い。


これで、まだ日本に上陸もしてないし、上陸したとて東日本です。
それが上陸前夜にこの風か?
上陸前夜にこの風なら、本番はどうなの?って感じです。

今晩、6月に亡くならなられた空真会の岸本先生を偲ぶ会が佐賀で行われるので、師匠である杉原正康宗師が沖縄から来られます。沖縄ー福岡便は問題なく運行しているそうですが、佐賀の今の強風を考えるとほんとに着陸できるのか心配です。

さらに、明日は内藤貴継支部長の結婚式です。
全国から人が集まる予定です。
さて、どうなることやら。

ちなみに月曜日は佐賀市諸富ハートフル(去年の白蓮会館ファイティングオープントーナメント全九州空手道選手権大会の会場)にて、佐賀新聞社主催のイベント【 さが終活&新シニアライフフェア2019 】に、勝嚴寺がブース出展します。
9:30〜15:30まで。葬儀、供養、納骨に関する相談窓口を開設しておりますので、時間がある方はどうぞお越しください。
なお、教学、祈祷、鑑定に関しての相談は別の日にお願いします。

さらに同日夜、うきは本佛寺のおえ式に出仕します。
こちらに参加希望の方は17:30に勝嚴寺に集合なさってください。なお、現地直行でもかまいません。どうぞよろしくお願い申し上げます。


台風は古語では『野分』と言われていたのが、いつしか使われなくなってしまいました。
今では野分という響きにその跡形も感じられない。
台風は英語のtyphoonの音訳であるとの説もありますが、実際はどうなのだろう。

いずれにせよ、本邦における台風の被害が少なくて済みますように、謹んで祈念申し上げます。








提婆達多品は書き下しで読むことが多いので、漢文をそのまま真読する他の品よりも馴染みが深く、あらすじは概ねご存知の方も多かろうと思います。

施餓鬼供養といえば提婆達多品。
毎月、毎月、提婆達多品。
とにかく提婆達多品ばかりを繰り返し読みます。
たまにはほかのお経に替えてみたい気もするけども、やはり提婆達多品だけを読みます。

なぜか。

私見ですが、その理由を考察してみます。



佛教の目的と言うのは、我々が佛になることです。
本来それ以外の祈りはない。
佛弟子の祈りの根本は、釋尊と同様、自分も佛になり、みんなも佛になれますように、ということに尽きます。


佛に至る道の途中の障害となるのに三毒があります。
三毒とは、瞋恚(怒り)貪欲(むさぼり)愚痴(迷妄)とされています。
『愚痴』とは現在、現状に対する不満をこぼすことという意味で使われていますが、本来の佛教的な意味はちょっと違うらしい。佛になる佛の智慧を求めようとしない心、佛になることを放棄して、佛以外の方向に気持ちを向けることを愚痴と言うそうです。

ちなみに一般人は、普通そこまで佛になりたいと思っていませんから基本、愚痴です。
一般の人がなぜ佛になりたいと思っていないのかと言えば、佛がどれほど素晴らしいかということを知らないからに他ならない。
佛がどれほど素晴らしいのか知っていれば、その人は勝手に佛を目指すはず。

例えば、ゴルフが上手くなりたいと思ってゴルフ練習場に通っている人はたくさんいますが、彼らは誰に強制されるわけでもなく自発的に練習しています。
彼らは自分がゴルフを上手くなるという事がどんなに素敵なことか知っていて、ゴルフが上手になった自分のイメージを持っているから、お金を払っても、時間を使っても、その価値があると考えて頑張っているわけです。
ゴルフの神様からすれば、彼らは菩薩です。

しかし、わたくしはゴルフに詳しくありません。言い換えれば興味がない。興味がないから努力はしない。お金も時間も使いたくない。
ゴルフに関する上達の可能性を放棄してますから、ゴルフの神様からすれば、わたくしは愚痴の世界の住人です。

現代人の寺離れ、佛教離れと言われて久しいが、その構造はこれと同じではなかろうか。

は?仏教?お寺?
それ何の役に立つの?

この質問に答えられなければ、当然お寺には人は集まらない。
たとえお寺で佛教以外の集客イベントを打って人を集めたとしても、肝心の『佛とは何なのか』を伝えなければ、おまけ目当ての人はおまけだけもらって去っていきます。

ゴルフを頑張っている人には、おそらくゴルフが上手い人が身近にいるのです。だから憧れるし、その目標に向かうための労力を惜しまない。

一般人に佛教を伝えるなら、その人が佛に近いか、それでなくとも佛とは何かを熟知していなければならない。それに、一心欲見佛、とにかく佛になりたい想いが溢れていなければならない。
『確かにオレ、佛には程遠いけど、とにかく憧れてるんだよねー!ああ、とにかく佛になりたーい!』
とワクワクしながら会うたびに僧侶が話していたら、最初は、なにコイツ?と思われるかもしれませんが、その想いはいつかきっと自然に伝わる。


わたくし自身はゴルフはやらなかったが、その代わり空手をずっと頑張ってきました。
大学に入る前までは全く興味なかったのですが、友達の勧誘があまりにもしつこいものだから根負けしてしぶしぶ始めました。
ところが、やってみたらだんだん面白くなってきました。
空手の仲間達は日夜、どうすれば強くなれるのか、身体の鍛錬方法、コンビネーション、何を食うべきか、有名選手のエピソードまで、とにかく強くなりたい気持ちで一生懸命空手の話ばかりしていました。
そんな仲間に交わっているうちに、自分ももっともっと強くなりたいと思うようになりました。将来、今よりも強くなっている自分に臨場感を持てました。きっと当時の周りの先輩や仲間達がそれほどまでにひたむきで魅力的だったのでしょう。
空手が強い道場は、このシステムが出来上がっているのだと思います。

ところが現代社会では、ほとんどの僧侶が本気で成佛を目指していませんから、一般人はなおのこと佛になりたいとは思わない。
僧侶のやる気のなさがわかるから、佛そのものが魅力的だとは思えない。

みんな心の奥底で、成佛という唯一絶対の目標を放棄しているわけですから、現代社会全体が愚痴に侵されています。この思い込みは重症です。

これは既成佛教だけに限りません。
勢いのある新興宗教であっても全く同じです。
その教団に於いて一見やる気のあるようにみえる会員も、その人を導いた指導的立場にある人も、佛に成ることではなく、ほとんどが別のやりがいで短期的な目標に向かって頑張っていますから、そういう意味ではおまけのお菓子に釣られて頑張っていることに変わりはない。

ま、それでも良いのですよ。
どんな不純な動機でも、それが道心を起こすきっかけなら如是縁、本末究竟等しく尊い。
ただ、このままでは誰も、いつまで経っても成佛という最終目標に臨場感を持てる機会がこないのが問題なのです。(つづく)
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ウチの道場において最低限守らなければならない出稽古の基本精神を述べます。
ウチはかなり緩いので、ウチですら守ってほしいという条項は、他の道場では絶対に守るべき超重要事項であると思います。


よく他県の方から
『佐賀県は流派同士、仲が良いですね』
と言われます。

たしかに佐賀県の諸流派同士ではよく合同稽古も開催されていますし、出稽古も活発です。
しかし、どれだけ仲良しでも最低限守らねばならない決まりがあります。
一見しただけではその最低限のルールは見えません。だからつい甘えてしまい、その大事な部分がなし崩しになってしまう危険があります。

わたくしが考える、出稽古において守らねばならない決まりは下記の3つです。

1.自分の所属する道場の先生を通す

2.自分の所属する道場の稽古日に行ってはならない

3.自分の所属する道場の稽古出席日数を超えてはならない


以上です。
ひとつひとつ詳しく説明します。


1.自分の所属する道場の先生を通す
まず言うまでもないことですが、出稽古に行くためには自分の所属する道場の先生の許可をもらい、先生を通して行かなければなりません。

はっきり言って、先生に無断で出稽古に行くということは破門ものの行為です。

道場によっては最初から出稽古を受け入れない方針のところもありますし、先生同士がそもそも知り合いでないような道場なのに、いきなり出稽古に人をよこすなど失礼な話です。
まぁ最初から何も先生に言わずにいきなり出稽古に行く人はまずいないでしょうが、問題はそれがレギュラー化してしまった場合のことです。
白蓮会館佐賀道場には、ほぼ毎週のように出稽古がありますが、あのいつものおなじみのメンバーも、いくらおなじみとは言え、わたくしにダイレクトで出稽古よろしくお願いしますという連絡はない。
全て、その流派の代表の先生から、毎回丁寧に
『今週金曜日にウチの〇〇と〇〇が出稽古にお世話になりたいと申しておりますが、よろしいでしょうか』
と必ず電話かメールが来ます。ただの1度もその選手からわたくしに直接、出稽古行きますという連絡をもらったことはありません。
いくら仲が良くても、それが道場同士の礼儀なのです。

また、これは空手という枠にとどまりません。
別に道場生が水泳をやるとかテニスをやるとかいう際にまでわたくしに連絡する必要はありませんが、これがキックや柔術、ボクシングなど、格闘技というジャンルの団体に出稽古に行く(または入会する場合も)なら、必ず先生を通してください。
ジャンルが違っても、地元であれば格闘技団体の先生同士はほとんど繋がっています。
わたくしも、道場生が出稽古でお世話になった道場の先生には、お会いした時には御礼を申し上げなければならないし、後日それを人づてに聞くなどということがあれば大変な恥です。


なお、九州で唯一同じ流派である白蓮会館内藤道場、道場創設期から兄弟道場として協力し合ってきた正道会館甲斐道場、それから代表者がウチに所属している丸徳総合格闘倶楽部、同じ白蓮会館福岡道場で活動する護身塾、BBボクシーズの5道場だけは、あらかじめ先生同士で話をつけておりますから、わたくしに連絡せず、直接出稽古に行っても構いません。
ただしこれらの道場の方がきわめて特殊な例ですので、これが普通ではないということをご理解ください。


2.自分の所属する道場の稽古日に行ってはならない

3.自分の所属する道場の稽古出席日数を超えてはならない

自分の所属する道場の稽古を休んでヨソに行くくらいならもう移籍しろよ、という話です。
また、自分の所属する道場に週1回しか出席していないのに出稽古が週3回、というパターンも同様です。
あくまで自分の所属する道場でしっかり稽古し、さらに向上するために、空いた日によその道場にお邪魔する、というのが出稽古です。
ここが逆転しないように、分をわきまえる必要があります。


例外。

家族旅行で東京や大阪、沖縄などに行くから、その時に現地の道場に出稽古行きたいが、やはり金曜日だからダメでしょうか、ってそんな時にまで道場稽古日だからダメだなんてことはないですよ。
そんな時しか行けないわけですから貴重な機会です。ぜひぜひ行ってきてください。


例外その2。

以前、浦川指導員がウチの正規稽古に週1回、内藤道場に週2〜3回出稽古に行っていましたが、あれは例外として許可しておりました。
彼は伊万里在住で、自宅から佐賀道場まで1時間半、唐津道場まで20分でした。
このような状況でも週2〜3回、当時高校生だった浦川指導員をご家族が送迎していましたが、その手間暇は大変なものであり、内藤支部長と三者協議した上で、道場生として佐賀道場に週1回はしっかり通うことを条件に、その回数を超える出稽古を許可したわけです。
いずれにせよ、先生を通せば必ず先生は相談に乗ります。


例外その3。

都市部の有名道場など、週6回稽古日がある道場生はどうすればよいか。毎日が道場の正規稽古日だから、出稽古に行けないではないか。

答えは
『週4〜5回ちゃんと道場の稽古に出た上で、先生に相談してください』
です。
かく言うわたくしも白蓮会館総本部時代がそうでした。総本部は週6回すべて稽古日だったから、空いた日なんてないわけです。
でもわたくしは必ず週6回稽古に参加してましたから、杉原館長に
『来週の〇曜日、〇〇支部に出稽古に行っていいですか』 
と、正面から堂々と相談してました。
普段から圧倒的に道場稽古に出席してましたから、たまに出稽古に行くと言っても1度も断られたことはありません。






これらの最低限の約束さえ守ってくだされば、まずわたくしが出稽古を禁止することはありません(もちろん友好関係にない道場なら止めますが)。
ただ、これらのことを知らずにいると、それを失礼なことと知らずに安易に出稽古に行ってしまう道場生がいるのではないかと、ここに念のため記しておきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

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