【 大野英章の“昼夜常精進”】

空手道場 白蓮会館(佐賀・福岡) ならびに 日蓮宗仙道山勝厳寺の活動日記。

仙道山勝嚴寺は、佐賀県にある日蓮宗の寺院。各種因縁・未来鑑定/加持・祈祷修法・お祓い・追善供養・水子供養/葬儀・納骨堂・墓地/宗教相談/妙法蓮華經/観心の本尊

国際空手拳法連盟 白蓮会館九州本部は、佐賀・福岡で活動する実戦空手道場。護身錬胆・健康増進・精神修養。ステップ指導で無理なく上達/各会員の目的に応じたクラス編成/新人戦・選手権への挑戦/子供達の礼儀の徹底と体力の向上。

2011年03月

6102e8ed.jpgまぁ、今まで長く空手の指導してますが、1日に3大会が重なったことはなかったな。

白蓮会館福岡道場勢は、北九州で開催された菱岡道場主催ファイティングチャレンジへ。

佐賀道場勢は、鳥栖市で開催された拳栄会館主催昇龍門空手道大会へ。

唐津道場勢は熊本で開催された木下道場主催ペガサスカップへ。

わたくしは鳥栖の昇龍門に応援に行きました。
しかし、白蓮会館勢が早く終わったので、その足でそのまま熊本へ。
鳥栖から熊本って、意外に近いのね。

この日は、わたくし以外の先生も少なからず途中移動なさっていたようです。

それにしても、北部九州だけで3大会も同時開催。
しかも、それぞれの大会の出場者数が300名ですよ。
ということは、約1000名ですよ。
空手界って、今更ながら広いのね。


入賞者は下記の通り。

菱岡道場主催ファイティングチャレンジ

小学3年生の部
第3位 野上元太郎(福岡道場)

小学6年生の部
優勝 山下凌(福岡道場)

拳栄会館主催昇龍門空手道大会

小学6年生の部
第3位 石丸雄太(佐賀道場)

木下道場主催ペガサスカップ

小学2年生の部
優勝 西村瑞貴(佐賀道場)

一般の部
準優勝 小原 光(唐津道場)

以上でした。

入賞者の皆様おめでとうございます。

勝っておごらず
負けてくさらず。

勝った人も、負けた人もお疲れ様でした。

写真は、なぜか体育館の隅っこでピラミッドを作って盛り上がる唐津道場生。
他の道場生から相当白い目で見られていました。

ほどほどに幸せな生活を送っていると、宗教というものに日常それほどの必要性を感じません。
なかには無宗教を自分の信条とし、宗教に頼って生きている人を弱い人だという人もいます。

しかし、今回の東北の大震災を受けて、被災していない人ですら、さすがにあれだけたくさんのどん底に突き落とされた人々の姿を目の当たりにすると、自分が生きてきたこの世の中がいかに不合理なものかを痛感し、さまざまな疑問が湧いてきます。

今回の災害を宗教的にどう説明するのか、実にたくさんの人から尋ねられました。
『もし、全能の神がいるなら、なぜ人はここまで苦しまなきゃいけないのか。神も仏もあったもんじゃない』。
『もし、今回の災害を人類の罪とするなら、なぜ、助かった人と、助からなかった人がいるのか。そして、両者の間にはいったいどんな差があったというのか』。

苦難は誰にでも訪れるものです。

信仰をすれば苦難から逃れられるわけではなく、おそらくは、その苦難を経験したのちに、その苦難をどう乗り越えるかを教えるのが宗教の本質だと思います。

最初に釋尊は『この世は苦であるということを知りなさい』と説きました。
ということは、ほんとうの佛の教えは、苦難を経験した後から始まるのです。

だとすると、宗教をやってる人は弱い人でしょうか?
耐え難き苦難を乗り越えようと、自力の第一歩を踏み出す人を、真の宗教者と呼ぶべきではないでしょうか。

真の宗教心とは、依存心ではない。

特定の個人に利益を供与するといわれる神様の人形を作って、それにお願いごとをするだけの信仰なら、客観的に弱い人に見えます。

人形を拝んでも、何も変わりません。


燃えている家の中で遊んでいる子供を、釋尊は助けに来なかった。

でもね、一生懸命、外から呼びかけました。
ありとあらゆるおもちゃを用意して呼びかけたんです。

『こっちへ来い』と。

子供たちは自分の足で歩いて屋敷から出るしかない。

釋尊は、毒薬を飲んだ子供のために解毒剤を作ってくれますが、飲むのはやはり自分。


自分しかないんです。


信仰とは、人形を拝んだりお守りをたくさん身に付けたりするような外部依存ではなく、自己の奥深くに眠っている、神とのあくなき対話なのではないかと思います。

e6fe9efa.jpg木曜日の白蓮会館佐賀道場の練習は、福岡道場からの4人の出稽古があったこともあり、かなり賑やかでした。

特に一般部は、数年ぶりの稽古開始時の3列整列で、集まりの悪い時の昇級審査よりも人数が多かったような気がします。

今日の稽古を最後に熊本の大学へ行ってしまう瀬戸口くん。
逆に、長い受験から解放され、今日の稽古から復活した森永仁也指導員。ちなみに見事志望校な合格です。

さて、白蓮会館九州地区春期研修会および昇級審査は、来週日曜日(4月3日)14:00より、白蓮会館佐賀道場にて行います。
昇級審査受験者は検定料5000円が必要ですが、昇級対象でない拳士の参加は無料です。
年に4回しかない貴重な研修会です。道場生の皆様は是非参加するようにしてください。宜しくお願いします。

写真は、稽古終了後に女子に占領される佐賀道場の事務室。
みんな思い思いに紙にいろんな落書きをしながら遊んでます。まるで女クラ。

781a77a5.jpg先の大震災の時、地震直前にめったに行かない仙台空港に降り立った九州在住のわたくしは、牛タンを食うか、田舎そばを食うかの選択に於いて幸運を得て、津波の難から逃れたわけですが、これを人々はさまざまに評価なさいます。

時に、日蓮宗大荒行堂から帰ってきたばかりのわたくしです。

『やはり修行のおかげでしょうねぇ。』
『何かに守られていたのでしよょうねぇ。』
てな感じの、いわば修行肯定派(?)が約90%。

逆に
『地震が発生するところにわざわざ行くなんて、百日間おまえは何を修行しとったんや』
てな修行否定派が残り10%。


運悪く被災地に居合わせ、そして運良く最悪の事態から逃れたわけですよ。

これを読者の皆様はいかにお考えでしょうか。


ちなみに、わたくしはどっちでもないと思います。


わたくしがこの冬に修行しても、せんでも、同じ結果だったのではないかと。


厳しい修行をしても、死ぬ時は死ぬ。
どんなに自堕落な生活をしていても、助かる人は助かる。

そう思いませんか?

だってね、もし修行しさえすれば難を逃れられるのなら、自然災害の起きた地域の住民は、全員ダメな人で構成されていたことになる。
果たしてそんな理屈があって良いのか。

もちろん、修行のおかげでしたねとおっしゃる方々は、わたくしが無事に帰って来たことを心から喜んでくださってる人達ばかりです。
それらの言葉は、間違いなく感謝という、とても美しい心の泉から発せられたもので、その清浄な気持ちを否定するつもりは毛頭ございません。

でも実際、仏様はこの娑婆世界が三界の火宅であると充分承知の上で、寂然としてこの火宅から遠く離れた林野に安處なさって、いかにすれば悩める衆生を救えるのかを、とにかくひたすら考えていらっしゃる。

仏様は、思い通りに行かない世界で、苦しんだり悲しんだりと、一喜一憂を繰り返す我々衆生を哀れんで、涙を流していらっしゃるわけですよ。

今回の天災が、もし誰かの業によるものだとするなら、それは個人の業というよりも、むしろ人類全体の業。

我々が修行するというならば、それは個人の幸せを願う修行ではなく、人類全体の意識向上を目指す修行でなくてはならない。

そんなふうに思いました。


ちなみに否定派の人は、なぜか関西弁ばっかりだったような気がします。

e712c8ab.jpg高校時代の同級生である先物番長こと田中文弥くんと久しぶりにご飯を食べに行きました。

東京港区の商社に勤務する彼は、震災をリアルタイムで経験したいわば被災者。
わたくしもいちお被災者ですが、彼の話はおもしろい。おもしろいといえば不謹慎ですが、誰もが経験したであろうこ一般的なことをほんとにおもしろおかしく語ってくれます。
歩いて自宅まで帰った顛末とか、他の部署とのバトルとか。あと、石油業界の展望とかの話も興味深かった。

気が付いたら朝5時でしたもんね。


ところで、例の写真をネット上で発見しました。
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これです。

ほら、うしろにいるテレビ局のスタッフみんなだれもヘルメットかぶってないし。

先日、ブログ上で古いソフトバンクの携帯端末機が欲しいとダダをこねたところ、たくさんの方からお申し出をいただきました。
本当にありがとうございました。
皆様のご好意に謹んで感謝いたします。
結局、自宅まで配達してくださった池上ロックさんの携帯を使わせてもらうことになりました。

おかげさまで父とも連絡がつきやすくなりました。


さて、わたくしの総本部時代の大先輩・井内徳次先輩が、ひょっこり仕事で佐賀県に立ち寄られました。

井内先輩はここ数年仕事が忙しくて空手を離れられていました。
今回にしても空手着を着るのは一年ぶりだったそうですが、動きは健在です。

去年あたりから九州での仕事が増えたらしく、これからしばらくお会いする頻度も上がりそうです。

毎日毎日テレビは災害関連の報道に終始しています。
停電中の被災地にいたわたくしとしては、災害時のマスコミの情報提供を渇望していましたし、また、こういう時の情報発信力こそマスコミの本来の使命であり、存在意義なのではないかと思います。
関係者各位の日々の御苦労に心より感謝とねぎらいを申し上げます。

しかしですね。

イヤな感じがするのは、スタジオのアナウンサー達がヘルメットをかぶっていること。
一昨日あたりからだいぶ少なくなりましたが、災害初日はえらい目障りでした。
もちろん東京にも余震が来てましたよ。わかりますよ。
でも、画面後ろに映っているたくさんのテレビ局スタッフが誰1人としてヘルメットをかぶっていないのに、カメラの前のアナウンサーだけがわざとらしく、はい、我々もしっかり災害対策です、と言わんばかりに殊勝な顔してヘルメットをかぶっているのを見ると、ヘルメットをもはや災害の緊急性を演出する小道具としてしか認識していないのだろうなと思えてなりません。



沖へ15km流されて2日後に助けられた方がいらっしゃいましたな。
しかし、その方の奥様は行方不明なんだそうな。

人にとって、生きていくのに最も大事な要素は
『希望』
に他ならない。

愛する人の死にゆくさまを見せつけられた悲しみや、自分だけ助かってしまったという罪悪感を一生背負っていかねばならぬ辛さは想像を絶します。
何十年も寄り添ってきたつれあいを亡くし、ひとりで生きてゆくに希望があるだろうか。
外部の人間が言うのは無責任かもしれませんが、それでもなお希望を失わず、いやいや、あらたな希望を持って生きていっていただきたいものです。



今回はたくさんの死者、行方不明者が出ました。
謹んで亡くなられた方の後生善処を祈念いたします。
そしてご家族や大切な友人を失った方に衷心よりお見舞い申し上げます。


津波が引いて、残された課題は原発です。
なんとも東京電力の記者会見での歯切れの悪さが気になります。皆様も同じ思いでしょう。
ありゃあ、なんか隠してるな。

今回の事故で、日本のエネルギーの原子力依存、いや、それ以前に電力依存をなんとかしなければならないと思いました。

山形にいるとき、停電には閉口させられました。
とにかく、今の日本は電気を止められるとなんにもできない。

リスクヘッジならぬエネルギーヘッジといいますか。
いくらガスや石油系でも、起動させるスイッチが電気を使いますからね。なんとか代替エネルギーが開発されませんかね。

放射能…。

あまりにも未知数です。
明日はどんな一日になるのやら。
衆生見劫盡大火所焼時
我此土安穏 天人常充満
南無妙法蓮華経。

どなたか、使わなくなった古いソフトバンクの携帯端末機をお持ちでないでしょうか。

わたくしの父が、ストラップに繋いだ携帯を自動車のドアに挟んだまま閉めてしまってぶっ壊れてしまいました。

父が使うものですから、どんな機種でもかまいません。

最新機種に替えて、古い端末を使わないままお持ちの方がいらっしゃいましたら、お譲りいただけないでしょうか。

送料はもちろん当方で負担します。
若干のお礼はいたします。

連絡お待ちしております。
よろしくお願いいたします。

地震から2日目。

ホテルは停電です。
テレビがつきません。最新情報がわかりません。
時計もありません。時間がわかりません。
お湯も出ません。シャワーも浴びれません。

大雪の山形の朝はマイナス7℃くらいまで下がるとききました。
でも暖房がありません。
毛布をかぶって寝るしかありません。
でもベッドに眠ることができます。幸せです。



ホテルの館内放送で目が覚めました。

リネン類の補充ができないので、同じタオルやシーツを使いまわしてくれとのお願いや、朝食がいつものメニューではなく、あまり内容がよくないことのお詫びでした。
それがひっきりなしに放送されていました。

朝ごはんを食べました。

ごはん、味噌汁。
あとは酢の物や納豆などが何品か並んでいる質素なバイキングでした。

スタッフの方が明るくて良かった。
品数が少ないことをむしろ誇らしく説明され、堂々とお給仕なさる姿にプロを感じました。
お客さんもみんな知らないもの同士ながら仲良く話していました。

部屋に戻っても、することがない。
町が停電中だと、今が何時かすらわからないのですよ。
普段ほとんど腕時計をしないわたくしは、停電して携帯電話の充電が切れたら現在の時刻も知り得ないのです。

暗くなった頃、嫁さんから電話があり、大至急どんな交通手段を使ってでも山形空港に行けとの連絡がありました。
なんでも、嫁さんは方々に電話しまくって、わたくしが九州に帰る手段を講じてくれたらしく、たまたま山形ー伊丹便にひとつだけキャンセルがあって、それを押さえたんだと。
大阪まで出てきたらあとはどうにでもなります。しかし、これを逃すと絶対帰れない。
ひょっとすると一週間から10日なんて期間にわたって、やることないのにひたすら山形の停電中のホテルに缶詰め状態になるかもしれない。

聞いたところ、フライトの時間まであと70分ありました。
山形市内中心部から山形空港まで、普通なら車で50分くらいだそうです。
昨日、停電で信号機のない道路は大渋滞でした。ホテルの窓の外を見る限り、全く街に電気はきていない。果たして50分で着くかどうか。
その前にタクシーが捕まるだろうか。
ホテルのフロントには宿泊希望者がキャンセル待ちで大勢座り込んでます。
もし間に合わなければ、わたくしは寝床を失います。

積極的な行動をする方に賭けました。

走って大通りまで出たら、運良くタクシーがいました。
しばらく走ると懸案のように見たことないような大渋滞。
しかし、これまたこのタクシーの運転手さんが実に気のきいた方で、きっとこの渋滞は数少ない営業中のガソリンスタンドに人々が殺到してるに違いないと、混んでない道をうまくすり抜けてくれまして、ちょうど50分で着くことができました。

ありがとうございます相互タクシーの小林さん。

空港ではスタッフの方の仕事はみな手作業。乗客名簿も、チケットも、荷物引換証も、とにかくあらゆるものが全部手書き。スタッフの方は皆様疲れきった表情です。
そうこうしていると、当然出発時刻はみるみる遅れてしまうわけで、この山形ー伊丹便も1時間以上遅れて到着しました。

飛行機から降りて携帯電話の電源を入れてみると、杉原館長からえらくたくさんの着信があってました。
すぐにかけ直してみると、伊藤支部長からわたくしが今日大阪まで移動すると聞いて、一緒にメシでも食おうと、直美さんと食事をせずに待っててくれたのだそうな。

せっかくの館長のご好意でしたが、時間も遅くなりましたので、残念ながら食事は見送りでした。

でも嬉しかったですね。

わざわざ館長が食事を抜いて待っててくれたのですよ。
弟子としてたいへん光栄でした。


しかし。

やはり1人の夜は長く寂しいもの。
伊丹空港から近場の平木支部長と播戸支部長に連絡したところ、かなり遅い時間だったにもかかわらず食事することに。

こうして3人の夜は更けていきます。

4時頃、ホテルの部屋に戻りました。
前日の伊藤支部長の車以来、テレビを初めて観ました。
2日目の夜にして、ようやく災害の全貌を飲み込めたわたくし。
その、あまりの酷さに完全に見入ってしまい、そのまま徹夜してしまいました。


不思議に眠くなく、翌朝一の便で、懐かしき九州にようやく帰ることができましたとさ。

おわり

番外編につづく

地震の直後、伊藤支部長の車に乗って、とにかく移動します。
移動しながらテレビを観て、情報収集です。

情報によると、我々はやはり震源地に近かった。
あんだけ揺れたんならさすがに震源地に近かろう。

ホテルにチェックインするべく移動します。

しかし、なにぶん停電で信号がない。どこの道路もむちゃくちゃ渋滞してます。ゆずりあいとはいいますが、譲ったら最後、相手車線の流れは止まりません。優先道路でない方は後ろが見えないくらい列をなしていて、なんだか人間のエゴが見え隠れしてました。
あと、JRは全線不通なのに、なぜか全ての踏切の遮断機が下がりっぱなしで、これが渋滞に拍車をかけます。

最初に行ったホテルには、部屋の安全が確認でき次第のチェックイン案内となります、との貼り紙がありました。
そのホテルのロビーには、まるで避難所のように床に座り込む人々が大勢いて、それら全ての人々に毛布が配られていました。
夕方とはいえ、停電のビルの中はかなり暗い。そこに毛布にくるまった帰宅困難者がひしめいている様子は、ハリウッド映画の1シーンのよう。

次に行ったホテルは、特に貼り紙もなく、全ての入り口に施錠されていました。
ホテルの中に入れずに建物の外に待つ人々。
ガラスの扉から見える室内には、数人のスタッフが手持ち無沙汰な感じで立っているのが見えます。
ドア越しに警備員に、チェックインしたいのだが、どこから入れるのかと尋ねたら、1Fに回れとのそっけない答え。

1Fに降りてみました。
しかし、これまたどこも鍵が開いていない。
建物をぐるりと回って、ありとあらゆる扉が開いていないかを確認する伊藤支部長。

ようやく警備員の指令室みたいなところから入ることができました。
フロントにつくなり
『こらあ!誰じゃあ責任者!名刺よこせ!』
とブチ切れる伊藤支部長。
『隣の○○ホテル見て勉強してこい!あっちは、いまホテルはどんな状態でご迷惑おかけします、ってわかりやすく貼り紙書いて、可能な限り人をホテルに入れて、飲み物だしたり、毛布配ったりしてるぞ!することねえんなら行って勉強してこい!ぬくぬく突っ立ってるだけなら馬鹿でもできるぞ!おまえらは馬鹿か!』。

あんなに怒ってる人を初めて見たような気がします。
ちなみに本人曰く、あの時は意外に自分は冷静に教育していたのだとおっしゃってました。

いろいろあって別のホテルにチェックインして、道場に行きました。
あたりはすでに真っ暗で、しかもマジで大雪が降ってます。

電気がないから暖房がない。
もちろん灯りもない。
仏壇のロウソクで明かりをつけます。

ときおり余震が来ます。
しかも震度3とか4くらいの。

大雪の中、いちいち外に出るのは面倒くさい。日野くんは生まれたばかりの乳児を抱いてます。そんな身重な状態で、余震がくるたび子供を抱いて表に出るのはつらかろう。

道場のロウソクの灯りに集まった道場生は約10名。
若い山形の道場生の雰囲気は修学旅行の夜みたいでした。
反面、先の見えない不安の中で狭い闇の部屋で身を寄せ合っているのは、硫黄島の洞窟の日本兵のようにも思えました。

みんな次々に携帯電話の充電が切れていきます。

しかし、奥の手があります。
自動車のシガーライターの充電器です。

しかし、ガソリンスタンドが開いてない街では、給油も思うようにいかず、いたづらにアイドリングをしてるわけにもいきません。
わたくしは携帯電話を少し充電させてもらってから、停電中のホテルに戻りました。

つづく

地震発生から連絡が途絶えていた白蓮会館福岡道場の福里実拳士の無事が、今日の昼前に確認されました。

ご存知、福里は宮城県気仙沼漁港を基地とするまぐろ漁船の作業員でして、海の男に憧れる宗次郎や唐津の男達の目標の人物です。

ああ、よかったね。

取り急ぎ福里拳士の無事をお知らせすると共に、犠牲者の御冥福を衷心より申し上げます。

3af5a302.jpgわたくしが仙台空港に到着したのは午後1時を少し過ぎた頃。
地震発生の1時間半ほど前でした。

予定より飛行機がだいぶ遅れてしまい、迎えにきてくれた伊藤支部長をだいぶ待たせてしまいました。

伊藤支部長から
『せっかくだから空港のレストランで牛タン(仙台名物)食う?』
と言われましたが、いずれにせよ空港レストランには帰りがけに必ず寄るでしょうから、牛タンはその時に譲るとして、わたくしは山形名物の田舎蕎麦をリクエストしました。

もしそのまま仙台空港でゆったりと食事をしていたなら、車に乗って海岸沿いの高速道路を走っている頃に津波が来た計算になりますので、間違いなく車ごと津波に飲まれていたと思います。

実際は、山形市内の蕎麦屋さんで地震に遭いました。

今回の揺れはとにかく長かった。阪神大震災の時の揺れは、主観的に40秒ぐらいだったように感じました。福岡南西地震の時も同じくらいだったような気がします。
しかし、今回は3〜4分くらい揺れ続けたのではないでしょうか。

蕎麦屋の従業員もお客さんもみんな慌てて外に飛び出しました(実際はしばらく呆然としてから、悠然と歩きながら店外に出たのですが)。
その蕎麦屋さんの店舗の造りは、やたら太い柱や梁を使ってあって、最初は、こんなにしっかりしてる建物だから多少の地震ならだいじょうぶだろうとタカをくくってたのです。
でも、でかいガラス窓の真横の座敷だったのですが、そのガラスがピシピシ音を立て始めて、もう大変。
外に出てみたら、信号機がわさわさ揺れてるし、駐車場の車が、まるで子供達にイタズラされてるみたいに踊ってるし。
揺れの具合は、昔、宗次郎の船に乗せてもらった時に、沖合でエンジンを切って停泊した時ぐらいの感じで、何かに掴まっていないと転倒しそうな感じでした。

揺れは長かった。
ほんと、いつまで揺れるのだろうと思いました。

揺れが収まって、あたりをみると、信号機が消えています。
蕎麦屋さんの店内も真っ暗です。

停電です。

つづく

山形空港から伊丹空港への便に奇跡的に空席がひとつあって、それに搭乗することができました。

いま大阪空港ホテルというところに泊まっています。

携帯電話の充電がやっとできます。
世間の最新情報がぼちぼち理解できました。
明日朝一の便で福岡に帰ります。

とりあえず現在のわたくしの状況をお伝えします。

ただいま停電中です。

さらに、携帯の電池もなくなり充電できず。
ブログの更新は困難な状況です。電波も悪いし。


電気がないから……

充電できない。
テレビ映らない。ので、情報入らない。
信号が消えて、大渋滞。
店が開いてない。開いてても、明かりやレジが……

やることがない。やれない。

そんな感じです。


身体は無事なんですけどね。


また状況に変化があればお知らせします。





ぴっぴの兄に代わりまして、
ぴっぴの兄の兄がお送りしました。

しつこいくらい断続的に余震が続いております。
わたくし阪神大震災も福岡南西地震も経験しましたが、大地震の直後は常に揺れているような錯覚に襲われます。
でも、今回はマジで余震がひどい。しつこい。

停電には閉口させられます。
なにより暗い。
街に灯りがないんです。

人間、真の闇の中ではほんと何もできませんぜ。
ただ道を歩くのですら相当大変です。

だんだん携帯の充電もなくなってきつつあります。
それもストレスです。
最新のニュースとか見たいけど、携帯の電池が減るから見られない。

さっきまで白蓮会館山形支部道場でローソクの灯りで道場生みんなとお菓子を持ち寄って談話していましたが、わたくしは先ほどホテルにチェックインしました。
もちろんホテルも停電中でエレベーターが使えません。
重いトランクを手に、真っ暗な非常階段を登って、今部屋にいます。
部屋は災害時非常灯が点灯してますので、真っ暗ではありません。

そんな夜です。

ea39a16a.jpgわたくしは元気です。

山形は県内全域が停電中だそうです。
街は真っ暗。
おまけに大雪が降ってきてバリ寒い。
駅は帰れない人達でびっしりです。
全ての商店が閉まってます。

わたくしは伊藤支部長の車で携帯電話を充電させてもらいながらテレビを観てます。

でも、たぶん多くの人々が被害状況の全貌を知らないと思います。
だって、街は完全停電なのですよ。震源地からやや遠い山形ですらこんなパニックなのに、仙台や八戸とかではなおさらのことでしょう。

街に電気がないとは、ここまで都市機能を麻痺させるものなのか。

あーおそろしや。

でも大野英章はいたって元気です。ありがとうございます。

絶望的です。

もうそろそろ電池がなくなりそうですが、まわりが全て停電中で困りました。

今日から山形にいってきます。
日曜日に白蓮会館主催の東北空手道選手権大会が開催されるのです。

我が白蓮会館九州本部から、太田貴幸指導員が出場します。

ちなみに福岡ー仙台の航空券の料金は1人あたり63000円でした。
現在太田の航空券代はわたくしが立て替えていますが、もし太田が優勝したらそのお金はプレゼントするという約束をしました。
もし準優勝なら半額負担。
1,2回戦敗退なら全額負担です。

なんて優しい師匠だろう。

楽しみです。

同日、九州では福岡田川にて拳成館主催の総流派空手道大会が開催されます。
わたくしは応援に行けませんが、みんな頑張って。

今日の夜は、白蓮会館東北本部道場にて大黒尊天の開眼式および開運祈願を行います。
道場生、関係者の皆様よろしくお願いします。

59d5840b.jpg2月10日生まれのわたくしは、免許更新が荒行の年に当たると大変です。
だって、ぼーぼーのヒゲ面で各種身分証明をこれから先3年もしていかなければならないのですよ。いったいこの写真は誰やねんって感じです。

そういえば、行中の早い時期に誕生日が来て、行明け前に免許の更新期間が終わってしまう行僧はどうしているのだろう。
それを考えたら自分なんてまだいい方だ。
いくら忙しいとはいえ、だいぶ今は落ち着いてます。免許更新するくらいの時間的ゆとりはあります。

しかし、荒行が終わって免許の有効期間が切れてると、あの過密スケジュールの巡業でいきなり移動手段に窮してしまいます。
いずれにせよ、免許更新のために丸一日空けられるのは巡業日程終了後ですからめちゃめちゃ困ります。

そう考えれば2月10日生まれも悪くないね。

余談ですが、あの交通安全協会への寄付金というのは、一体なんなのだろうか。

わたくしですか?

もちろん気持ちよく払いましたよ。

ただ、わたくしも過去に一度だけ断ったことがあります。ただ、そのときの気分の悪さといったらなかった。よくもまあ評判の悪い訪問販売の営業マン並の口調であそこまで人を追い込めるものだと感心したものです。

ちなみにわたくしの隣の窓口にいた若い女性は、押し問答の末、強引に断っていました。
今のわたくしには、あんな元気はありません。


もちろんすでに御存知の方も多いでしょうが、今回の免許更新でいろいろな変化があってました。
本籍地の表示がなくなっていたり、本人確認用のICチップが埋め込まれていたり。

それと、違反者の負け惜しみではありませんが、たまには1時間ぐらいの交通事故のビデオとか観て、安全運転意識を啓発するのは大事ですね。
やっぱり帰り道でさっそく慎重な運転に変わりましたもん。

やっは交通事故はいかんね。
南無道路交通法
南無道路交通法

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