【 大野英章の“昼夜常精進”】

空手道場 白蓮会館(佐賀・福岡) ならびに 日蓮宗仙道山勝厳寺の活動日記。

仙道山勝嚴寺は、佐賀県にある日蓮宗の寺院。各種因縁・未来鑑定/加持・祈祷修法・お祓い・追善供養・水子供養/葬儀・納骨堂・墓地/宗教相談/妙法蓮華經/観心の本尊

国際空手拳法連盟 白蓮会館九州本部は、佐賀・福岡で活動する実戦空手道場。護身錬胆・健康増進・精神修養。ステップ指導で無理なく上達/各会員の目的に応じたクラス編成/新人戦・選手権への挑戦/子供達の礼儀の徹底と体力の向上。

2014年04月

勝嚴寺には別院があり、腰岳稲荷と言います。
腰岳は佐賀県伊万里市にあり、黒曜石を産出する珍しい山です。その腰岳の中腹に稲荷の祠があり、古くから地域の皆様の崇敬を受けていました。
そんな腰岳の稲荷が、これが巡り巡って勝嚴寺が管理することになって約10年。
折を見て、幣束を交換したり、境内地の落ち葉を掃いたりクルマで約1時間かけて通っております。
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そんな腰岳の稲荷の境内地に、いつしか太い竹が目立ち始めました。

竹は恐ろしい存在です。

竹の繁殖力は凄まじく、手入れを怠ると、あっと言う間に森の樹木を駆逐し、一面竹に覆われてしまいます。
わたくしは普段から三瀬峠を越えて福岡と佐賀を行き来しておりますが、近年、林業の衰退により、すっかり樹木が枯れ果てて竹だらけになってしまった山々を見ては、いつも心を痛めております。

そんな竹が、ついに腰岳の稲荷の境内地まで侵食し始めていたのです。

試みに、今年の正月にノコギリで竹を一本切ってみました。

ところが、たかだか竹一本切って、それをこまめて邪魔にならない場所に移動させるのに、なんと1時間かかる。
ざっと見て、境内地に極太の竹が約20本、そんな太くない竹ならもっとある。
ということは、これらの竹を処分して森の樹木を守るための手入れに24時間は必要です。

さすがにそれはできません。

できないから後回し。
後回しにするから、数ヶ月後の次の参拝の時にまた竹が増える。
竹が増えるから、なおのこと後回しになる、というスーパー悪循環に悩まされておりましたが、先日チェンソーを購入したのです。
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嫁の実家の手入れをした時に買ったチェンソー。
この時作業しながら、そうか、これで腰岳の竹の問題も解決できる。
そう思って、火曜日にようやく腰岳稲荷の大掃除に、一族郎党フル装備で来ることができました。

なんと言っても4月28日の立教開宗の聖日は、腰岳稲荷の大祭でもある。
なんとかその大祭の前に大掃除ができてよかった。

わたくしは、まず参道の落ち葉を片付けます。
ところが、この濡れ落ち葉が、しかも数ヶ月に亘って堆積しているのをホウキでどけるのは容易ではなかった。
スコップが必要なレベルだったのを、全部松葉ホウキで片付けた自分を褒めてあげたいくらいです。
翌日は人生で指折りの筋肉痛でした。
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竹の切り出しは嫁の弟のまぁくんにやってもらいました。
父はその切り出した竹をこまめる作業。
嫁は祠の室内。
兄は落ち葉を集めたり、草を焼いたり。


そういえば作務中に、初老の男性が訪ねてきました。

腰岳稲荷は車道からも遠く、まず誰かが偶然迷い込むようなところにはありません。
にもかかわらず、その不審な初老の男性は
『昔、この辺に独特な焼き物を焼く窯があったのを探してるんだけどねぇ』
と言いながら、しばらく我々と世間話をして、再び道なき道を登っていきました。

道なき道、です。

作業に飽きたわたくしは、さっきの老人が登っていった後を追って歩いてみました。

ところが、絶対に登れそうにない。
道なんかなく、たくさんの倒木が行く手を塞ぎ、トゲのある植物がひしめいています。
結局足跡は掴めず、来た道を戻ることすら困難なところを帰ってきました。

あの老人は、きっと腰岳の神々の変化の姿に違いない。

だって、人間の歩けるはずがない方向に消えていったから。

そんな風に都合よく解釈しながら、めげそうになる自分を鼓舞して大掃除はだいたい完了。
なお、翌日も、翌々日も兄や父や義弟は作務に行ってくれました。ありがとうございました。

そんな腰岳稲荷の年に一度の大祭は、4月28日(月)13:00より厳修されます。
お近くの方は是非お参りください。

御許山を降りて、宇佐駅から車で約10分、宇佐神宮に移動です。
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とにかく、ここの境内は広い。
参道も一直線ではなく、何回も曲がってようやく本殿に近づきます。
まるで大阪城、名古屋城みたいな天下普請の城郭のよう。
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全国の神社共通の参拝ルール。
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写真じゃ分かりにくいのですが、めちゃめちゃ大きな但し書きの立て札でした。

まるで城!
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橋の欄干が朱色だからかろうじて神社を感じさせるものの、本当に戦のための施設ではないかと思えるほど。
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皇族下乗の立て札。
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要するに、神々の御前であるため、ここからはたとえ皇族であろうとも歩け、ということです。

本宮に到着しました。
ここの参拝作法は二礼・四拍手・一礼であり、また、本宮の斜め後ろから参拝者が入らねばならないこと、中央の最も大きな神殿が一の宮ではなく、手前から一の宮・二の宮・三の宮となっていること。
とにかく宇佐神宮は謎だらけ。
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これは本殿の正面にある御許神社の遥拝窓。
宇佐神宮の本院である、先ほどわたくし達が登った御許神社は、中央に見える山並みの頂上にあります。
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こちらは霊水の水汲み場にある八角形の石。
この石に、馬がひづめをかけたとかなんとか。
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下宮と本宮の真ん中で記念撮影。
こちらは通りすがりの可愛い女子大生風の女の子に撮影してもらいました。
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下宮。
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さて、この日は偶然にも渡邉さんの誕生日。
駐車場で糸島の地酒をプレゼント。
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そのまま、大分市内の焼肉店『牛角』へ。
大分にある牛角はみんな渡邉さんが経営されています。
で、渡邉さんに無理を言って、イノシシの肉を持ち込んで、有り難く頂きました。
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こちらのイノシシの肉は、受講生の岡田さんが持ってきたものです。
岡田さんは、二丈町で活躍する、なんと現役の猟師。しかも女性!
このイノシシの肉も、岡田さんが仕留め、岡田さんが解体したものです。

猟にまつわるいろんな話を聞きました。

毎日なんとなく食べている肉。
やはり、命を頂いているんだと言うことを忘れてはなりません。
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さらに、通常のメニューにある肉もどんどん追加!

渡邉さんにはとにかくサービスしてもらいました。
特にこの日が渡邉さんの誕生日だったためにご家族との約束があったにもかかわらず、丸一日お付き合いいただきありがとうございました。
また、我々のためにお店のスタッフの皆様にも開店時国よりも前に入店させてもらったりと、いろんなご無理をさせてしまいました。本当にお世話になりました。

そして、強烈に満腹になって、福岡までの帰途についたのです。

ちなみに、勝嚴寺大學福岡教室の修學旅行は、あまりにも好評だったため、第2回の開催が決定しました。
時期は秋頃、場所は未定です。
ひょっとすると、勝嚴寺大學受講生以外の枠も多少設けるかもしれません。追ってご案内申し上げます。

4月23日(水)に勝嚴寺大學福岡教室の卒業生10人で、卒業旅行としてのフィールドワーク・すなわち修学の旅行に行ってきました。
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折しも23日は甲子の吉辰。
といいますか、甲子だからその日を選んだのですけれども、大分県に行ってきました。
行程は、御許山大元神社(杵築市)〜 宇佐神宮 〜 焼肉の牛角(大分市)というもの。

わたくしは朝6時半に佐賀の自宅を出発し、福岡市内の南里さんと齊藤さんをピックアップ。
そのまま集合地点であるJR宇佐駅に直行。
駅前の清瀬タクシーさんにお世話になって、タクシーで御許山頂まで登ります。

なにせ、悪路です。

携帯も圏外です。
ナビもご覧の通り。
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まるで、天空の雲海を走っているかのような表示。
ま、確かに天上界に登っているようなものですが。

御許山はその存在そのものが神域であり、御神体です。
山道も、その山道沿いの草も、木も、鳥も、虫も、全ての動植物が神そのもの。
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それにしても、とんでもない悪路です。
スポイラーを履いた車や、ローダウンの車は絶対に無理。
中途半端な気持ちの者をそう簡単には寄せ付けないような、天然の結界を為しています。

宇佐駅から30分弱、山頂付近の駐車場に到着です。
ここには『下乗』という立て札があり、何人たりとも歩いて登らねばなりません。

徒歩で約10分、はるか向こうに木の柵が見えます。
山頂に到着です。
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あるのは拝殿のみ。しかも、その拝殿も決してきらびやかなものではない。
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お供物を上げ、報恩の法要を行います。
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通常、神殿のあるべき場所には、鳥居がひとつ。
その向こうはただの原生林です。
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ご神像どころか神殿すらない大元神社。
これは偶像崇拝を排除した究極の形なのではないか。


とにかく鳥が美しい声で活発に鳴いていました。
『神霊は音を以って応えたもう』
これだけ鳥が鳴くということは、神様もそれなりに我々の誠意をお受けとめいただいたのかもしれません。
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この日は特に天気に恵まれていました。
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さきほどの鳥居を横から見るとこんな感じ。
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その脇にはこのような但し書きが。
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『罰せられます』
って主語がないけど、おそらく神様から直接罰が下るぞという警告だと受け止めました。
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みんなで記念撮影。
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このあと、山頂付近の小さな祠が10カ所ほどあるのを全てお参りして、タクシーで山を下ります。
駐車場で待っていた運転手さん、
『こんなに長くお参りする人は珍しいよ。普通みんなもっと早く戻ってくるのに』
と感心?されていました。

続いて宇佐神宮に移動します。

大阪には18歳から24歳までの7年間住んでいました。
わたくしにとって大阪は、言わば第二の故郷です。

大学時代、吹田市から東大阪市の白蓮会館総本部まで原付で内環状線を通って50分かけて3年間通いました。
平野区加美にあった学習塾『研修館』にも、吹田市から約1時間かけて通いました。
内環状線は、まさにホームタウンでした。

時を経て、まさか自分のクルマで大阪まで来るようになるなんて思いもしなかった。
最近は頻繁に大阪までクルマで往復しております。
白蓮会館総本部はもちろん、大学や、住んでいたアパートや、その他思い入れの深い土地にはクルマでだいたい巡りました。


今回、久しぶりに思い出深い内環状線を通ったのですが、これがなぜか、あんまり懐かしくない。

なんか、景色が違うのです。
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なによりコンビニがやたら増えた。
それも、駐車場のあるコンビニです。
昔は内環沿いにコンビニなんてほとんどなかったのに。

八尾街道もそうです。
交通量の多い通りに、ベタッと建物がくっついて、びっしり隙間なく建っているのが、わたくしの主観的な大阪の街並みなのです。

総本部の辻本さんが
『もうな、八尾街道はコンビニ以外、流行らへんねん』
と言っていました。


当時ほとんど存在したかった、充分な駐車場の完備されたコンビニやファミレスこそ、おそらく違和感の原因なのでしょう。


そういえば、当時は携帯電話が一般的ではなく、腕時計を持ってなかったわたくしは、要所要所で遅くまで開いてる店を覚えて、店の中の時計を覗いて現在時刻を知っていました。
当時、もしもこんなにたくさんコンビニがあったらかなり便利だったろう。


4年ほど前、加美にあった研修館(当時のバイト先)へ行ったら売り物件の看板が出ていました。
ショックでした。

ところが、今回偶然通った道沿いに『研修館加美教室』の看板を発見!

これは実に嬉しかった。
てっきり潰れたものと思っていた研修館が、移転して元気に存続していたなんて。

この10年で学習塾事情も変わりました。
個人経営の塾はどんどん淘汰され、大手フランチャイズがどんな小さな町にも我が物顔で進出しています。
研修館もきっと、この大きな時代の潮流に抗うことができずに押し流されたのだろう。

そう思っていたのに、それが以前よりもはるかに良い場所に移転している。
ということは、経営もそんなに悪くないのかな?

嬉しくて電話してみました。

電話したものの、さすがに18年も経っているから知り合いもいないだろうし、別に用事もない。

何回か電話しましたが、土曜日が休みだったのか、結局つながりませんでした。

あの頃の先生方はまだご健在なのだろうか。

とはいえFacebookのすごいところは、当時の研修館の生徒と再び繋がり、何人かと友達になれたことです。
記憶は中学生で止まってますが、最初に教えた生徒なんて嫁さんより年上ですからね。



さて。

こちらはかなり昔に鶴瓶がパペポでツッコミを入れていたこの地名。
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『最初から天満でええやないかい!』。


大阪には7年もいましたが、それもかれこれ16年も前のことであり、わたくしが大阪で大学生活を始めたあの時から数えて23年目です。

だんだん自分の思い出が色褪せて、もちろん自分勝手な思い込みでしょうが、この場所から受け入れてもらえなくなったような寂しさを感じてしまいます。


白蓮会館は今年で設立以来30年が経過し、大阪シェラトン都ホテルにて、白蓮会館設立30周年記念祝賀会が行われました。

なんと言っても、この30周年というタイミングで、白蓮会館の創始者・杉原正康館長がトップの座を長男杉原賢亮指導員に譲り、宗師となられたこと。
二代目として、前述の杉原賢亮新館長が襲名したという、大きな核があったのです。
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会場には500名弱の関係者が集結し、盛大な披露宴でした。
わたくしはといえば、今回は司会の補佐という役を仰せつかり、進行のナレーション原稿を準備しました。
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役得だったのは、一般の方が入場できない時間に会場入りしてリハーサル等ができたこと。
とにかくわたくし、この関係者だけで行われるリハーサルの雰囲気が好きなんです。
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詳しいレポートは嫁のブログを参照なさってください。

まぁ、この記事はなかなかの力作ですわ。
一切自分は写真に写らず、ひたすら撮影に徹した嫁が、わたくしの司会進行のナレーション原稿と照らし合わせながら全局面の写真を載せてますから、言わば公式記録に近いくらいの極めて詳細なレポートです。関係者はぜひご一読を。
嫁ブログはこちら


まぁまぁ。

わたくしとしては、この日一番の感動は、杉原宗師(まだ呼び慣れないため照れがありますが)のお召しもの。
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見覚えありませんか?

3年前に佐賀マリトピアに於いて白蓮会館九州本部主催・杉原正康館長還暦パーティーの際に、九州本部道場生からお祝いに贈呈した着物ですよ。

宗師はなかなかあの着物を着ることがなく、その代わりわたくしが普段着ていた刺し子織り(剣道着のような生地)の作務衣をいたく気に入られ、それをいつも着られていました。
それから、宗師はその色違いだったり、生地の種類を変えたり、かなりたくさん似たような服をオーダーで作られたりなさっていたにもかかわらず、九州本部から贈呈した、あの最初の着物を着られている姿を見ることはとんとなかったのです。

それが、なんと今日!

朝一番にお見かけした宗師は、あの着物を着ていらっしゃる。

あまりに嬉しくて小躍りしましたね。

30周年記念祝賀会、それにご自身が館長職を引退なさるという、こんな大事な節目の衣装にあの着物を選んでいただいた。

都合良く考えれば、ひょっとすると宗師は、この晴れの日のためにこの着物をとっておいたのかもしれません。

光栄なことです。

何人かの関係者からの証言もいただきました。
『館長(宗師のこと)会うなり、今日の服な、これ大野からもろたやつやねん、て嬉しそうにゆーてはったで』。

あーも。
もう、白蓮会館のために死んでもいい。

白蓮会館、万歳!
白蓮会館、万歳!

わたくしは、たまたま近所の空手道場に入門したらそこが白蓮会館だった、とか消極的な理由ではなく、当時住んでいた家からそこそこ遠かったにも関わらず、白蓮会館に入門する!という強い動機があって、数ある道場の中から選んで入門しています。
だからこそ、自分は白蓮会館の拳士であることにこの上ない誇りを持っています。

次は白蓮会館設立50周年に向けて、いや、その前に40周年もあるけれども、とにかくわたくしの愛する白蓮会館が益々発展するよう精進していきます。
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3月30日(日)は白蓮会館東北空手道選手権大会が開催され、2泊3日で行ってまいりました。

今回は白蓮会館九州本部から、佐賀道場の浦川丈也と福岡道場の山岡亜久里、なんと2人も出場。
震災の年の太田貴幸選手以来、実に九州本部史上2回目となる東北への選手出場でした。

しかも、めでたいことに2人出て2人とも優勝!
ほんとにおめでとうございました。
2人は白蓮会館九州本部の誇りです。
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詳しい試合内容は、試合を観てない嫁ブログを参照なさってください。

こちらは開会式にて、当日やむなく欠席した杉原館長のメッセージを代読し、来場者に対して堂々と挨拶をする二代目杉原賢亮指導員。
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声の出し方、喋り方、その雰囲気すべてにおいて二代目の貫禄充分でした。

パンフレットの表紙はこちら。
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どこかで見たことのあるデザインですが、やはり商店主が作ってくれたそうです。さすが。

試合後、支部長達は高級すき焼きの御接待をいただきました。
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ここのお店は、必ず双子の卵が出てくる。
ほんとに美味しいお肉って、あんまりたくさん食べきれないから不思議。


わたくしは途中で宴の席を抜け出して、九州本部からの新チャンピオン達に合流。
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我ながらよっぽど嬉しかったのでしょうね。かなり酔っ払ってわけのわからんことを延々としゃべっていたような記憶がかすかに残っています。

とにかく、数年先の未来に2人が全日本選手権の大舞台で活躍してくれることを期待しています。
改めて優勝おめでとうございました。




翌日、北海道余市支部の田中達也支部長のレンタカーに5人乗り合わせて仙台空港に向かいます。

仙台空港インター出口に警察がいます。

ちょっと物陰に隠れた感じで、シートベルトとか携帯の検問をしているのでしょう。

我々は堂々としたものです。
田中支部長も運転中は携帯を触らないし、運転席も助手席もちゃんとシートベルトをしている。

ところが、インター出口を出て数メートル先で、別の警察官に止められました。

まったく、思いあたることがない。

『はい、すいませーん!平成20年4月から後部座席のシートベルト着用が義務付けられたことご存知でしょうかぁ?』
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そうきたか。

なるほど。そういうことか。

『あー!そうでしたね。
はい、します、します』
と、慌てて後部座席の3人がシートベルトを着用しますが、
『はい。切符きりますので、そちらにクルマを停めて、それから免許証と車検証を…』

って、見逃してくれないわけ?

こういうのって口頭注意じゃないわけ?

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というわけで田中支部長、自分は交通ルールを遵守していながら、後部座席の同乗者のおかげで1点減点です。
運転者は同乗者に対してシートベルト着用を指導する義務がありますから。

反省の色のまったく感じられない後部座席の同乗者。
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わたくしは、ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいです。

何が言いたいのかと言えば、皆様も後部座席でもシートベルトは着用しましょう、ということです。
もちろん、事故の際に被害を広げないためにであって、インター付近で警察が検問しているからではありません。

それと、長い道中を運転してくれたうえに点数を引かれた田中支部長にこの場を借りて重ねてお詫び申し上げます。

そんなことはさて置き、第18回東北空手道選手権大会の無事成功おめでとうございます。
大会審判長である伊藤颯康支部長、スタッフの皆様、そして選手の皆様お疲れ様でした。

昨日の白蓮会館佐賀道場の稽古は、なぜかわたくしのテンションが異様に高く、準備運動、基本稽古の直後に、スクワット中心の補強メニューからけっこうな数のミットの打ち込みをやりました。

そしたら、高校受験でしばらく練習をおやすみしていた赤司拳士(15)、ブランクから明けて復活3日目だったため、軽いチアノーゼになって、途中で稽古を抜け、道場の隅の方で横になって休んでいました。

あまり気にしていなかったのですが、なかなか復活しないもんだから、心配して本人を見るとお茶しか飲んでない。
熱射病は塩分の摂取で症状が緩和すると言いますので、なにかスポーツドリンクをと思ったら、こんな時に限って道場の冷蔵庫には栄養ドリンクしかない。
まぁ、いいやと思って、その栄養ドリンクを本人に飲ませました。
しばらくして稽古が終わる頃にはすっかり回復していました。

掃除が終わり、自主トレを始める組、おしゃべりをする組、帰宅する組とバラバラになります。
わたくしは、もちろんおしゃべりの組でくっちゃべっているのですが、先ほどの赤司拳士、見ると手に100円玉を持ってわたくしの方に来て
『押忍。さっきの、せめてものお礼です』
といって、100円玉を差し出してきます。

ちょっと笑いました。

そんなお金なんていいわい!と固辞しましたが、ふと思うところがあって、やっぱり受け取ることにしました。


おそらくこれは、彼なりのプライドなのだ。

大人になってみると、100円の貸し借りなんてしなくなった。

しかし、中学生当時のわたくしにとって、100円はけっこうな財産だった。
そんな100円を持って、勇気を持って、自分の父親ほどの年齢の師匠に、お礼です、受け取ってくださいという。

おそらく、悩みに悩んで決意した行動なのだろう。

これは本来の意義からすると、これこそが六波羅蜜の布施行なのではないか。





昔、仲の良かった友達(故人)の経営するバーでの話。

なんかの大人の団体に、ころっと判る未成年がいたそうな。
確か、メンバーの誰かの従兄弟とかそんな感じの。
もちろん、彼はこういう店は初めてで、オーナーは彼を質問攻めでいじり倒します。

支払いの際に、割り勘すると1人あたり3000円くらいになったのだが、オーナーはその未成年の分の飲み代は要らないと言ったそうな。

ところがその未成年、持ち金(小銭・しかも600円程度)を全部カウンターの上に出して、
『プライド料。』
と顔を真っ赤にして言ったそうな。

オーナーは彼の行動にいたく心を打たれ、
『よし!じゃあいただきます!ありがとうございました!』
と言って深々と頭を下げて、店の外まで見送った、という話。

お金にはいろんな側面があるが、額にかかわらず、受け取る、受け取らない、支払う、支払わない、いずれかの行動によって、その人の人生の価値観、礼儀や尊厳をも表現する場面があるもんだ。

累進課税は社会の常識。
ロイヤルデューティは金持ちたる者の心意気です。

しかし、布施行は持たざる人にしてもらわなければならないもの。

社会の物差しからすれば逆の価値観ですが、佛の道においては、これこそ尊い行いだったのだろう。


だから、わたくしもその100円玉を受け取りました。

断るのは簡単だけれども、わたくしがこの100円玉を受け取ることにより、彼の人生はより良いものとなる。


そして帰りに、その100円硬貨を使ってうどんを食べました。
そして、今日またその100円玉は、また誰かの所有物となり、社会を潤しながら永遠に循環していくのでしょう。
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