ちょっと前の話になりますが、武雄市の税務署に用があって、嘱託とおぼしき白髪の担当者と話し込む場面がありました。

佐賀県外の方はピンと来ないでしょうが、わたくしが住む小城地区と武雄地区は、同じ県とはいえ、明治以前は違う藩だったために言葉遣いも違うし、全体的に別文化圏です。

自己紹介のように会話が進んでいきます。

『どちらからですか?』
『小城の三日月です』

『お寺の宗派はどちらです?』
『日蓮宗です』

『日蓮宗?珍しいですねぇ』
『いえ。武雄には日蓮宗の寺は一軒しかありませんが、小城・三日月には26軒も日蓮宗のお寺があるんですよ』

『へぇ?そんなに?ということは、やはり千葉氏(中世の小城の領主。江戸期には衰退)の影響があったんですねぇ』

とおっしゃった。


何気ない会話でしたが、これは実にすごいことだと思います。
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地誌と言えばどこまでが自分の街なのか、歴史と言えばいったいいつが歴史の起点なのかから考えなければならない。
一般的に明治以降は近代と呼ばれ、史料も豊富に現存します。
地域の昔を語る場合、そのほとんどが江戸期のことで、それ以前の歴史なんてよほどのスターがいなければ思い返す人は少ない。

たとえば、『佐賀の七賢人』と言えば全員が幕末から維新にかけての時代の人物を指します。
それ以外でも佐賀県の歴史上知られている人物なんてほぼ徳川幕府以降の人々であり、それ以前の歴史上の人物なんて龍造寺隆信以外思い浮かびません。

わたくしは小城に生まれ、で、たまたま幼少期より城郭マニアであり、しかも家が日蓮宗の寺院である関係上、中世の小城を、その名の姓の通り、日蓮大聖人のお生まれになった千葉県より下向してきた豪族である千葉氏が治めていたことを知っています。

しかし、おそらく小城市民でもそんな事実を知る人は少なかろう。まして小城市以外にお住まいの方ならなおさらです。
わたくしだって室町期に佐賀県藤津郡を治めていた豪族は何氏?とか訊かれたらさっぱりわからない。


わたくしの目の前にいらっしゃるこの税務署員、何気ない自己紹介の会話の中から凄まじい教養の高さを感じさせられました。


そういえば、勝嚴寺の総代をされていた元公務員の方も、こういう教養の高さがありました。
定年退職後も独自に日中関係の研究などをされており、他にもなにかと地域の勉強会などに積極的に参加されていました。

わたくしの周りにも公務員はたくさんいます。しかし失礼ながら、決して受験に必要のない地域の歴史や文化に詳しい方は、この世代よりはるかに少ないように思えます。


いろいろなことを考えながら、駐車場で待ってた妻に
『いやー。なんで昔の人はあのよに教養があるっちゃろうねぇ』
と感動しながら先程の出来事を説明したところ、
『そがんことなかよ。今はWi-Fiの接続トラブルに対処できたり、的確な検索ワードで物事を調べたり【教養】の定義そのものが変わってきよるとよ。昔とは違う』

と論破されました。



以前、Twitterで話題となった投稿

『「最近の若者はナイフで鉛筆を削れないしライターで火もおこせない」と言う年寄りは気泡が入らないように液晶保護フィルムを貼ったりプリンタとルータを無線LANで繋いだりできるのか』

というのを思い出しました。

現代人は意識が鉛筆削りに向く余裕もないし、他に習得せねばならぬ対象も圧倒的に多様化したのでしょうな。