だいぶ他の白蓮会館各支部長のブログも沈静化してきたこの頃ですが、わたくし的にはまだまだ書き足らない。



あの日。




開会式の前から考えていました。

杉原館長のウオーミングアップは誰がやるのだろう。

セコンドには誰が付くのだろうか。

できれば、その栄えある役目をわたくしも務めたい。
とにかく、館長の役に立つことなら何でもいいからやりたかったのです。

実際、ウオーミングアップ等には、ああ、確かに今館長に最も近いところにいるのはこの人達なんだなぁと、誰が見ても納得する面々が館長の身の回りの世話をしていました。
これがもし15年前なら、この役目は、わたくしの仕事だったかもしれないなどと考えてみたり。


杉原館長の試合が近づくに連れ、次第にリングサイドの観客の密度が大きくなってきます。

ちょっと不安になりました。

もしかすると、人混みに追いやられて、まるで館長の試合が見られなかったらどうしよう。

幸いにして杉原館長の試合を挟むかたちで九州本部勢の選手がいたので、わたくしは常に館長の近くにいることができました。


館長の初戦の時、わたくしは直美さんの隣でした。
直美さんは手にストップウォッチを持っての応援。あんまり見たことのない光景です。
わたくしの真後ろには平木支部長。

あとは覚えていません。

初戦はわりとスムーズな試合運びだったので、1分を過ぎた辺りから会場全体を観察する余裕が出てきました。

決して観客が多い大会規模ではなかったのですが、あの異様な雰囲気は他に例えようがない。
まるでプロ野球の優勝決定戦の球場にいるくらいの地響きです。




決勝戦は、最前列で播戸一幸支部長と南豪宏支部長と並びました。

この歴史的瞬間に、白蓮会館の歴史を創り上げたスーパーヒーローと並んで、杉原館長に一番近い位置で応援できる。
白蓮会館の道場生として、杉原正康の弟子として、こんなに誇らしいことが他にあるだろうか。


決勝が始まった後の記憶は早送り。


あんまり覚えていません。


ただ、判定の時、南支部長は相手に挙がった旗を、館長に挙がったものだと勘違いしてガッツポーズしたのです。
わたくしも、あれ?副審は挙げる手を間違ってら、と思って、一瞬停止してました。


でも、どうやら副審は本当に相手に挙げたっぽい。

いつまでも判定が覆らない。

まさかと思いました。

そう。

わたくしも南支部長も、今のは勝ったのは館長だろ、副審が間違ってるぞ、と思ったのです。
それくらい、本当に素晴らしい内容の試合だったのです。


でも、結果は負け。

アタマの中は真っ白になりました。


しかし、会場からは割れんばかりの拍手。
その拍手がいつまでも鳴り止みません。


杉原館長の次の試合は、ウチの太田です。
太田の顔を見ると、完全に思い詰めた表情をしています。

『太田!おまえ白蓮会館の最後の一人だぞ!絶対勝て!』

わたくしに言われなくても、全てを解っている太田指導員。
いつもの二倍ぐらいのスピードで動き回り、本戦5-0の圧勝でした。


太田は、自分の前の試合が杉原館長の決勝戦。
これは普通あり得ない貴重な経験です。
たぶん、太田の方がわたくしよりも館長の試合の意味の大きさを痛感させられたのではないか。
おそらくこの試合でいろんなものを学んだことでしょう。


しかーし。

館長が試合コートから降りると、大観衆もみんな杉原館長の後を追いかけます。

一般上級の部の決勝戦なのに。

看板階級なのに。

白蓮会館の最後の一人だったのに。

館長の試合の後、一気にメインコートが寂しくなりました。
たぶん杉原館長の試合の5分の1くらいの観客数に減ったかな。


ですから、太田の優勝は、その存在をほとんど誰も知らない。
まだアクセス数が多い今のうちに、ブログの読者にアピールしとかなきゃ。

ちなみに上田都(現在修行中)も一般女子有段の部で優勝したのですよ。

いちお九州本部勢も頑張ったのです。
お見知りおきくださいませ。



過去因縁・未来鑑定/佐賀県日蓮宗勝嚴寺
佐賀・唐津・福岡の実戦空手道場『白蓮会館』