いつも牧歌的な日蓮宗勝嚴寺に、先週末に珍しくいっぺんに2人の相談者がありました。

ま、土曜日の相談者はきわめてプライベートな内容で、その成り行きに応じた指導をして、それで帰っていただきました。

しかし、日曜日の相談は、相談というか何というか、愚痴というか、社会へのストレスをお寺の御寳前にぶちまけて、置いて帰られました。

我々にも守秘義務がありますので、相談者が特定されるようなことは言えませんが、ちょっとあまりにもテーマが大きいため、今後の課題として紹介させてもらいます。


昔はそんなことを思ったこともなかったのに、最近は真面目に仕事すればするほど、職場の同僚とのズレを感じる。

また、職場以外の人間模様を見ていても、正しい方より、強引な方が勝ってしまう場合が多い。
強引な方を正しく説得して、抜いた刀を納めてもらうのにはかなりの労力が必要です。
だから面倒くさくて、みんな看過する。
みんなが看過するものだから、味をしめて、だんだん要求することがエスカレートしてくる。

社会のどちらを見ても、一部の正しくない要求がまかり通り、残りの大多数は、大多数のくせに、当事者になることを恐れてその要求をしぶしぶ飲む。

正しくないとわかっていながら、当事者になった時の面倒くささよりマシだろという、極めて消極的な理由で要求を受け入れる。

要求はエスカレートし、取り返しのつかないところまできているではないか。

誰も、何もできない。

じゃあ、誰がこの無気力な社会を変えるのですか?

お上人さん、仏さまの教えで、社会を変えてくださいよ。

お願いします。



てな相談(?)でした。



ドキッとしました。
こんな悩みの解決、わたくしには無理だと思いました。



このブログをお読みの僧侶の方々。
仏様の教えで、どうかこの社会を変えてくださいよ。



仏教の法要などで、個人的な願望のことを『別願』といいます。

例えば、○○家の家内安全とか、試験合格とか。


それに対し、公共の福祉といいますか、社会全体の幸せを願うもの、全人類の共通している普遍的な願いを『総願』と言います。

例えば、世界平和とか、国土安穏とか。


宗教団体が社会にアプローチしすぎると、いろいろ問題がでてきます。

しかし、逆に言えば、その宗教タブーを盾にして、我々僧侶は社会改革に無関心すぎではなかったかと思いました。

だから、アプローチの方法を変えなければなりません。
我々仏弟子のとるべき社会アプローチ方法。




個人の幸せを願うのはわかりやすい。
叶ったら感謝されます。


しかし、坊さんが祈ることで社会を変えても、誰からも感謝されないでしょう。

坊さんが感謝されないとは、はっきり言いますと、お布施が発生しないということです。


だから、坊さんは個人の幸せを祈っても、社会のためには真剣に祈らない。


あ、いや、実は。

案外そうとも言えません。
わたくしの知っている限り、社会一般が考えているよりもお坊さんってみんな真面目なのです。
わりとお坊様方は一生懸命社会のために、全人類のために、いやいや、人類に限るどころか一切衆生のために祈ってます。
別に誰かに感謝されたくて祈っているわけではありません。




でも違うんです。

そこが問題じゃないんです。

わたくしが思うに、祈るだけでは解決しない。
僧侶の仕事って、何より祈ることのように思われがちですが、今の僧侶には『祈り』の、次のステップ『行動』が要るのです。


『行動』とは何か。

現代の坊さんのとるべき行動とは『説法』ですよ。


なーんだ、説法かよ、と思われましたかね。

でも、説法なのです。

『説法』とは法を説くと書きます。

法とは仏様の教え。
仏様から一切衆生に対するメッセージがあるでしょう。
一般的に『お経』と呼ばれるかたちで我々の手元にあります。
そのメッセージをみんなに伝えなきゃ。

お経を伝えると言っても、漢文のまま朗読してみせてもダメ。
だって、漢文を聞いたところで何が書かれているのかさっぱりわからないもん。

今の社会に適した箇所を、わかりやすい言葉で、できるだけたくさんの人に伝える。

布教といえば、なにやら信者を新規獲得することのように思えますが、我々が所属している団体なんてどうでもいい。

ほんとにどうでもいい。

問題は、それで社会に影響を与えられるかです。
檀家さん相手に同じ話を繰り返すだけでは社会に変化は訪れません(僅かな変化はあるでしょうが)。

僧侶のとるべき行動とは、会う人全てに仏様の本意を伝えることしかない。

相手を選んでいてはいけない。
相手は全員です。

仏様がいま、ここにいらっしゃるなら、たぶん社会は変わる。
それくらい真実を語られるはず。
真実の言葉にはそれくらい力があるのです。

でも、残念ながら現在、仏様はいらっしゃらない。
だから僧侶が伝えるんです。

現代社会にはたくさんの人がいます。
日本だけで一億です。


わたくしひとりではできません。

みんなでやらなければなりません。

のんびりしている暇はありません。



さぁ、お仕事、お仕事です。



(株)スメトコプロモーション 企画営業部

福岡子供空手教室『白蓮会館』


ちなみに、最後の言い回し部分は、某Y上人のパクリです。
勝手に使いました。
事後承諾申し訳ございません。