最近わたくしは日中何をしているのかと言えば、我が勝嚴寺の別院(?)佐賀県伊万里市にある腰岳稲荷の開設者に関する資料をまとめています。

腰岳稲荷が開設されたのは明治時代のことです。
開設者は、わたくしの遠い親戚筋にあたる女性の方で、腰岳稲荷の神々から受けた託宣を、死ぬ間際に紙に残されております。

腰岳稲荷の開設者からすると、今の家族は六代目です。
しかも、現在皆様は大阪にいらっしゃる。

そこで、現在勝嚴寺がお預かりしているわけでして。
大野家は遠い親戚であり、なんといってもわたくしの母は腰岳稲荷のある村が実家なのです。いわば氏子。
わたくしや兄が、腰岳稲荷を祀っていくべき運命なのかも知れません。


しかし、わたくしも腰岳稲荷の法要だけはするが、その由緒をほとんど知らない。

で、現在。
ヒマをみて、その神託をWordに打ち込んでおります。


これがまたヒドい(失礼)。

現在では使わない言い回し、罫線のない紙に鉛筆で書いてあるために文字サイズの統一性のなさ、とにかく識字できないんです。
一行進むだけでも、ものすごく労力が必要です。


そんな作業を毎日ゴリゴリとしているのです。

でもね、ものすごく迫力のある、いい文章なのです。
時空を超えて、わたくしに向けられたメッセージだと思って頑張っています。


時代で言えば、宮澤賢治さんと同時代でしょうか。

宮澤賢治さんって、意味不明な擬態語が多々登場することで有名です。


クラムボンはかぷかぷ笑うし。

ちょっと皆様、ためしに
『かぷかぷかぷかぷ』
って笑ってみてください。




できます?

人間に似てる生き物ほど、かぷかぷ笑うのは無理だと思うのです。

他にもオツペルの工場ではみんなのんのんのんのん頑張ってますし。

なんだかね、宮澤賢治さんの文体を彷彿とさせる手紙なのです。


いくつか紹介します。


じどうさまの。右の方に。おんたちなされた。おんすがたのおんかほは。色は浅黒い。まいげうるわしく。して。そのころも。すみのけさでありました。かほと。かほとを■きくらべました です。すこしもちがひありませんから。いつしんにこうべをさげましたれば。おんじどうさまのおゝせにはお前は。しんつう(の?)ほうで。ひふをやぶりているに。かみほとけに。いのらずとても。気をひろくもてば。なをると。おしえました その後。しばらくしてから夢のむかふから。さどかさをかぶりて。女が通ります其人が申しまするは、お前のしんつの方でいるによつて日をやぶりているから。かみ佛にいのらずとも薬のまずとも気をひろくもてばなほると申されお前どこの神様でありますと申されたれば私は神では有りませんが。お前の四月の五日に死したお前の母と申された

とか、

はちのすざんに。七日おんともいたして。おんたきにうたれました、であります 朝日天王様の御身体は、うしづの。いわいやから受取りて。私のせなかに。からひて。くびに。せいしようこうさまを。かけて さがの。徳万町に夜の十時におん寺。とどきまして。おしようにん様に。いさいの事を話しました。私のねがひは。おんきようを。そなへてくだされと。ねがひまして。帰りました。佐賀の徳万町の。おん寺に十二日目に。まか■いれて。うけとりて。おんじさまに■お願ひ申しました。ほかの事では有りませんが。せいしようこうさまに。一日に。みくちなりとも。おきようを。そなへくだされと

とか、

すうそうけ山の御武森天王様の神通を戴くときは 伊万里町の東の入り口岩栗の■から、川東の川らに降りました。飛ひかすく時に四十ばかれの女な様の私に御授け下された。品物は紙の長さは五六寸横はばさ一寸五分ばかり有りました その紙に付きたる物は白星と半星と黒星との三つ付きて居りましたで有りました。其れを年に取しましたれば伊万里の町が真下に見えてやすやすと空に飛びました


こんな感じです。

今、約半分まで来ました。
これが完了したら、次は現代語訳して重複部分を削ったりして意訳しなければなりません。

しばらくはこの作業に没頭します。


過去因縁・未来鑑定/佐賀県日蓮宗勝嚴寺
佐賀・唐津・福岡の実戦空手道場『白蓮会館』

参考までに。
宮沢賢治童話集:注文の多い料理店〜序文


これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。

ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。

ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。

ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。
なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。


大正十二年十二月二十日