意外にもウチの嫁はテトリスが上手い。



テトリスなんてゲームは、ルールが単純で、誰にでも楽しめます。
わたくしも大学生時分にはテトリスで夜更かしした経験が何度かあります。


しかし、わたくしはだいたいがゲームというもの全般がへたくそです。


ファミコンブームが始まったわたくしの子供の頃、母はファミコンを頑なに敵視して、絶対に我が子に買い与えなかった。
大学生の頃、ファミコン以外のテレビゲームが台頭し、いろんなメーカーから盛んに新機種が競って販売されるようになり、オリジナルのファミコンは日本橋の電気屋さんでは中古で二足三文で売られていました。
わたくしは親元を離れ、ようやく廉価でファミコンを購入し、遅ればせながら多少ファミコンなるものを楽しむことができたわけですが、やり込んだ時間が短いために、ゲーム全般が同世代の平均よりかなり下手です。


ただ、テトリスくらいならわたくしにもできる。
もちろん、できる、というのは、やり方を知ってる、というレベルですが。

嫁にテトリスで戦いを挑んだりするのですが、とてもじゃないが、絶対にかなわない。
てゆーか、マジで女のくせに(失礼。統計上少数という意味で)なぜこんなに上手いのだろう。

いつまでやってもなかなか死なない。
嫁が死ぬ時は、長くやりすぎて集中力が途切れた時。

こんなヤツには勝たんわい。



ちなみに、わたくしゲームをほとんどやらないのですが、麻雀だけはやります。
布団に入ったのになかなか寝付けない時とか。

嫁にも麻雀のルールを教えますが、その面白さまで教えるには至らない。
ま、麻雀とはいえ、所詮携帯のアプリですからね。
携帯のゲームからスタートしても麻雀本来の楽しさは伝わらないのかも。


そんなこんなで家にいる時、わたくしが麻雀にハマると、嫁はテトリスにハマるわけです。


隣で嫁がテトリスでなかなか死なないのを見てると、これくらい自分にも簡単にできそうに思えてきて、最近わたくしもちょくちょくテトリスをすることがあります。

しかし、当然ながら嫁のようにうまくできない。
すぐ死ぬ。


そして気がついた。


テトリスは良くない。


麻雀はいいんです。
でも、テトリスは良くない。


なぜか。


それは、テトリスは必ず死んで終わるから。


終わった後、充実感よりも、死んだ悔しさの方が頭の中を支配します。
悔しいから、やめようと思っても、
『も一回だけやろかな』
とか思って、しばらくしてまたやっちゃう。

でも、ゲームが終わる時は死んだ時。

悔しい。

しばらくして、も一回だけ挑戦してみたくなる。

やる。

しぬ。

くやしい。

またやる。

しぬ。

を繰り返す。



こりゃ中毒になるばい。


まだ麻雀はいいんです。
この半荘で終わると決めてやると、たとえ負けてもちゃんと終わることができる。
もちろん勝って気持ち良く終わることもできる。

テトリスは、絶対に気持ち良く終わることができない。

まるで麻薬みたいに中毒症状が出て、決して見つけることのできないゴールを目指し、ただただ突き進む。

死んでも気持ちが治まらない。
またもや、ゲームを再開して迷路の中を突き進む。


テトリスに限らず、この手のゲーム(パチンコを含む)にハマる心理と、人間の欲望の根本は似てるなと思いました。

人間の欲望は、とどまることを知らない。
釈尊はおっしゃる。
『たとえ金銭の雨が降っても、おまえの欲望の満足する日は訪れない。快楽は短く、その直後に苦痛がすぐにやってくるのだ』


確かに嫁は抜群にテトリスがうまい。
しかしそんな嫁でも、テトリスを終わる時は必ずどこかで死んでいるのです。

考えてみてください。
こんなに恐ろしい迷路はない。

うまい人がはるか先の面で死ぬのも、ヘタクソなわたくしが最初らへんでいきなり死ぬのも、精神的な苦痛の度合いは、全く同じなのではないか。
ということは、この手のゲームはどれだけうまくなっても決して達成感を得られないわけです。


昔から(とはいえテレビゲームが世の中に登場して30年くらいですが)各方面からゲームが批判されてきた本質はここにあるのではないか。


永遠に出口が見つけられない迷路に入って、しかもそれを出口のない迷路かもしれないと疑いもせずに、永遠に彷徨うわけです。
振り返ってみて、ただ時間が浪費されたことが現実的な痕跡として残るだけ。
ジェットコースターやジャンクフードみたいに、乗ってもどこにも行けないし食べても何の栄養にもならない。

いったん乗ったら降りられないジェットコースターにハマっている人がどれほど哀れか、外から見ると冷静に判断できます。
でも、三界の火宅にいる人にとってはわからないのだろうな。

だから解決策は、勇気を持って自分の意志でその火宅から遠ざかるしかない。
どっかで『もういいや』と悟るしかない。

これもある意味、『解脱』ですな。


なにが言いたいのかって、嫁にテトリスで勝てない鬱憤を書き連ねているだけですから、あまり気になさらないでくださいよ。
テトリスの開発・販売等に関わる全ての関係者にお詫び申し上げます。