観音寺。
詳しいことはわかりませんが、おそらく禅宗の寺院です。たぶん観世音菩薩が御本尊のお寺だったのでしょう。



その日は18日。
どういうご縁か、観世音菩薩の縁日です。


墓参りの方が、ひっきりなしに訪れていらっしゃいました。
我々も袈裟を掛けておりましたので、皆様、嬉しそうに
『こちらのお寺の方ですか?』
と質問なさいます。

しかし、われわれは残念ながら通りすがりの坊主です。

皆様、少しがっかりなさる。



津波でめちゃめちゃになった墓地の中から、御自身のご先祖の骨を必死に探しておられる皆様の姿には心打たれます。

ただ、正直ちょっと難しかろう。



座標となる道がほとんどわからないから、まず自分ちの墓のあった場所そのものがわからない。
人力ではわずか1m移動させるのさえ困難な巨石を、一瞬にしてここまで広大な範囲で薙ぎ払う津波の強さを改めて思い知らされます。



遠くから見る限り、津波に流されず、しっかりと踏ん張っていたのだろうと思っていた本堂も、やはり近づくにつれ、その損傷の具合が痛いほど分かりました。

よく見ると、比較的新しい建物のようです。
墓石がここまでぐちゃぐちゃになっているのに、よく耐えた。



建物の屋根の雰囲気は、勝嚴寺にも似ているので、もしウチがこうなったら泣き崩れるだろうと想像してみたり。
あの屋根の破風がちぎれているということは、あの高さまで波が来たのでしょうね。

内部はこんな感じです。

壁はいっさい残っておらず、防塵ネットが張り巡らされていました。
御寳前の須弥壇が大幅にずれて、御本尊やその他尊像などは全部消失です。

願わくば、将来この寺院が復興を遂げた時、この本堂は解体せずに修理していただけたらと思います。
部外者の勝手な願いで恐縮ですが、やはりこの観音寺の本堂は、この閖上地区の数キロ平方において、津波に流されなかった唯一の木造建造物です。
その有り難さは計り知れない。


結局、被災地で特になにもせず。
見て、わずかばかり祈っただけでした。

各地にはボランティアの方が作業をなさったり、支援金や支援物資を供出なさったりしていますが、本当に申し訳なく思います。

また機会があれば足を運びたいし、何か力になりたいと思います。

とりあえず、罹災者の冥福と、被災地の早期復興を祈らせてください。



過去因縁・未来鑑定/佐賀県日蓮宗勝嚴寺

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