大阪には18歳から24歳までの7年間住んでいました。
わたくしにとって大阪は、言わば第二の故郷です。

大学時代、吹田市から東大阪市の白蓮会館総本部まで原付で内環状線を通って50分かけて3年間通いました。
平野区加美にあった学習塾『研修館』にも、吹田市から約1時間かけて通いました。
内環状線は、まさにホームタウンでした。

時を経て、まさか自分のクルマで大阪まで来るようになるなんて思いもしなかった。
最近は頻繁に大阪までクルマで往復しております。
白蓮会館総本部はもちろん、大学や、住んでいたアパートや、その他思い入れの深い土地にはクルマでだいたい巡りました。


今回、久しぶりに思い出深い内環状線を通ったのですが、これがなぜか、あんまり懐かしくない。

なんか、景色が違うのです。
2014-04-14-11-15-50

なによりコンビニがやたら増えた。
それも、駐車場のあるコンビニです。
昔は内環沿いにコンビニなんてほとんどなかったのに。

八尾街道もそうです。
交通量の多い通りに、ベタッと建物がくっついて、びっしり隙間なく建っているのが、わたくしの主観的な大阪の街並みなのです。

総本部の辻本さんが
『もうな、八尾街道はコンビニ以外、流行らへんねん』
と言っていました。


当時ほとんど存在したかった、充分な駐車場の完備されたコンビニやファミレスこそ、おそらく違和感の原因なのでしょう。


そういえば、当時は携帯電話が一般的ではなく、腕時計を持ってなかったわたくしは、要所要所で遅くまで開いてる店を覚えて、店の中の時計を覗いて現在時刻を知っていました。
当時、もしもこんなにたくさんコンビニがあったらかなり便利だったろう。


4年ほど前、加美にあった研修館(当時のバイト先)へ行ったら売り物件の看板が出ていました。
ショックでした。

ところが、今回偶然通った道沿いに『研修館加美教室』の看板を発見!

これは実に嬉しかった。
てっきり潰れたものと思っていた研修館が、移転して元気に存続していたなんて。

この10年で学習塾事情も変わりました。
個人経営の塾はどんどん淘汰され、大手フランチャイズがどんな小さな町にも我が物顔で進出しています。
研修館もきっと、この大きな時代の潮流に抗うことができずに押し流されたのだろう。

そう思っていたのに、それが以前よりもはるかに良い場所に移転している。
ということは、経営もそんなに悪くないのかな?

嬉しくて電話してみました。

電話したものの、さすがに18年も経っているから知り合いもいないだろうし、別に用事もない。

何回か電話しましたが、土曜日が休みだったのか、結局つながりませんでした。

あの頃の先生方はまだご健在なのだろうか。

とはいえFacebookのすごいところは、当時の研修館の生徒と再び繋がり、何人かと友達になれたことです。
記憶は中学生で止まってますが、最初に教えた生徒なんて嫁さんより年上ですからね。



さて。

こちらはかなり昔に鶴瓶がパペポでツッコミを入れていたこの地名。
2014-04-14-13-32-29

『最初から天満でええやないかい!』。


大阪には7年もいましたが、それもかれこれ16年も前のことであり、わたくしが大阪で大学生活を始めたあの時から数えて23年目です。

だんだん自分の思い出が色褪せて、もちろん自分勝手な思い込みでしょうが、この場所から受け入れてもらえなくなったような寂しさを感じてしまいます。