わたくしの母は早くに亡くなりましたが、母の母は健在です。今年で100歳になります。

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わたくしが28の時に母が亡くなり、それから数年間、父と兄とわたくしという男世帯のために、ちょこちょこと勝嚴寺に来ては、洗濯や食事の準備をしてくれました。

あの頃わたくしはボディビル選手権にエントリーしており、GWから試合当日の8月末までの3か月間、朝ごはん以外一切固形物を食べなかった期間がありまして、それが祖母の滞在と重なりました。
祖母はわたくしが家で食事をしないことをかなり心配し、よく口論になったものです。

9月上旬、親戚が集まり、祖母の百歳のお祝いに集まりました。
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伊万里市にある『櫓庵治』。
社長はわたくしの大学の先輩にあたり、佐賀市内にも店舗をお持ちです、
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祖母は耳が遠く、話し言葉を理解するのはなかなか難しいのですが、字は読めるので筆談をします。
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みんな古いアルバムなんかを持ち寄ってましたので、こんなのも発見。
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両親の結婚式の写真です。

お寺って、やはり時代を経てもそれほど変わらないのが良い。
もう50年前の写真ですが、人物以外はほとんどそのまま。そのままの位置に同じものがちゃんと配置してあります。

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これも親戚の誰かの結婚式にて。
母と兄、父とわたくしが写っています。

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祖母は、4人の子供に恵まれましたが、うち2人に先立たれ、そのうちの1回の現場に立ち会いました。
母が亡くなったとの連絡を受け、祖母と兄と3人一緒にクルマで2分の病院に駆けつけた時、まだ母の体は温かかったのを覚えています。
なかなか崩れるところを見せない祖母ですが、母を見た時かなり取り乱して『洋子!洋子!』と泣き叫んでいました。その時わたくしは、母を亡くした悲しみより、祖母の悲しみの大きさを察して泣いていたように思います。



帰宅後、ちょうどウチの光子さんが生後約100日ということで、カタチだけですがお寺でお食い初めをしました。
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ネットでいろいろ調べたら、その座にいる最年長者から箸をつけてもらうしきたりらしく、こちらは上田の大ばあちゃんから初の食事を。
玄米を一粒だけ食べさせました。
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というわけで、100の数字にまつわる四世代の命の行事の日でした。

伊万里のばあちゃんにはまだ対面させておりませんので、近々腰岳稲荷の神々の元にご挨拶に伺う時に会いに行きます。

祖母はいつしかわたくしが誰なのかわからなくなり、そのせいか近年、腰岳稲荷にお参りしても祖母の顔を見ずに帰ることが多くなりました。
自分自身が子供を授かった今、いかに祖母の経験した悲しみが大きかったのかと、前より少し慮ることができるようになった気がしております。