子供の話題に寄りがちで恐縮ですが、やはり初めて親としての視点を持つわけですから、それまで当たり前に見ていた景色も、視点の違いにより全く違う色を放つことを知り、その差異に驚かされることが多くてどうしても関連した話題が増えてしまいます。


子供が産まれて2〜3週間くらいまでは、もう、なにもかもが手探りで、オムツを替えたり、泣いてるのを寝かしつけたり、しかもこれを少なくともあと3〜4年は継続しなければならないのかと考えたら、いったいどれほど重大な任務を安易に請け負ってしまったのかと、先を考えて愕然とさせられました。

我が子は、どうやら他の同世代の子供より手がかからない方のようですが、それでも夜中に起き出すこともあり、泣き止まぬ時もあり。

あはれあはれ電のごとくにひらめきてわが子等すらをにくむことあり
斎藤茂吉が詠んでいますが、たしかに、どんなにあやしてもあやしても、いよいよ泣き止まない時は己心に雷電が走る実感があります。

しかしどんな親でも、こういう瞬間を経験しながら、ずっと我が子と対峙しては我慢と忍耐と努力を重ねてこられた。
昨今の我が子に対する虐待のニュースは多けれど、少なくとも子供がその年齢になるまでは育ててこられた。それがどこかで限界がきたのか、まるっきり本人に変化があったのか、その閃きがニュースになるような行為として顕現してしまったのでしょうか。

あの凶悪な犯罪者も昔はみんな子供だった、というあまりにも有名な歌詞がありますが、わたくしはそれよりも、虐待事件を起こしたあんな親でも、最初は溢れんばかりの情愛を我が子に注ぎ、ある程度子供が成長するまで努力して、みんな育て上げてきたのだなと思うことが増えました。
もし自分がここで育児に音を上げていたら、完全にそれ以下だぞと自分を叱責したものです。



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さて。自分の親です。



子供が最近よくあぶくを吹くようになりましたが、わたくしはそれを自分の指で拭くとか全く厭いません。
我が子のオムツ交換もむしろ楽しい仕事です。
汚いと思わないのです。

しかし逆に親の食べこぼしを拭く時など、かなりイライラする自分がいます。
まだ親は便の失敗とかはありませんが、近い将来、その世話をどんな気持ちでやれるでしょうか。


言葉を理解しない我が子に額をつけて話しかける時、ふと、父の未来を思います。

父が寝たきりになった時、我が子にするのと同じように、父に額をつけて言葉をかけてやれるだろうか。


我が子には、返事のあるなしに関わらず、愛の言葉を何度も投げかけます。
逆に親が、わたくしの言葉を一度でも聞き返そうものなら2回目なんてすっかり言う気が失せる。



この差はなんなのか。


子供の場合は暗闇に一瞬だけ稲光が閃く程度ですが、親に同じことをされた場合は轟音と共に完全に地上に落雷します。それくらいカチンとくる。

言葉によるコミニュケーション能力が足りないという意味では赤ちゃんも年寄りも同条件です。しかし、それに対する感情の波立ち方がまるで違う。

親はわたくしのためにどんなに汚い世話もしてきてくれた。
しかしその逆はなかなか困難です。
自分の子供には平気でできるのに。

子供に対する感情は、そのまま動物的野生の愛であり、人間以外の動物ですらも我が子は大切にする。
しかし、親に対する感情は、経験と理性で制御するしかない。それを古来『孝』と呼び、人間特有の美徳とされていたのではなかろうか。

孝と申すは高なり。
天高けれども孝よりも高からず。
また孝とは厚なり。
地あつけれども孝よりは厚からず。
はるか昔の親の『恩』、子供を持って初めて知る親の『恩』、これらの記憶が人としての理性を作り、本能的にプログラムされていない年老いた親への感情を操作して親に尽くす。だからこそ孝の実践は困難で、その徳目を実践できている人は古より高く評価されてきたのではないか。



iPhoneに変えたものの、電話以外の操作が全くできない父。靴べらを元に位置にもどさないし、普通にその辺で足の爪を切ってそのまま。台所の電気もテレビもつけっぱなしで寝るし、人の話を聞く理解力も落ちてきたように思います。


もう2〜3年前のことですが、大学の空手関係の先輩が福岡に来られ、道場に案内したり、約20年ぶりにゆっくりとお話をしたことがありました。
その先輩は結婚が早く、もう子供も高校を卒業する頃で、育児という意味ではひと段落ついた方でした。
当時わたくしは結婚こそしてましたが、かなり身軽な暮らしをしていましたので、話題は若い頃のことばかり。
先輩は、
『若い頃は自分のことだけ考えてれば良かったけどな、どうやったら強くなるかとか、就職のこととか。せやけどこの歳になるとな、親のこととか、子供のこととか、自分以外の悩みばっかりやで』
とおっしゃいました。
歳は近けれど、子供はおらず、母は早くに亡くなったものの、父親は依然として元気だったわたくしが実感していなかった言葉でした。

そりゃそうだ。家族を持てば誰でも若い頃より背負うものが増えてくる。

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今は可愛い盛りですが、我が子のオムツが外れる頃、入れ替わるように父のその世話が始まるかもしれない。

この時、人としてきっと試されるのだろうと、我が子の寝顔を見るにつけ、まだ見ぬ大いなる困難に漠然とした畏れを抱くのです。





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