一周考えて、こういう場合のみ食べることにしました。


理由1.
残したところで廃棄されるだけだから。

理由2.
釋尊も、自分のために出された食事は肉であれ何であれ食べていた(らしい)から。

すでに殺された生命は帰ってこないわけですから、開き直って食べることにしました。

先日、とあるカジュアルなパーティに出席した時に考えさせられることがありました。
会席料理で、自分用にお皿が運ばれてきます。
そこで、ドーンと肉料理が乗ってるわけです。
ビギナーのわたくしは、少し仲良くなったお隣の女性のお客様に
『わたくし肉を食べられないので、よかったらこちらどうぞ』
と差し上げようとしましたら、
『いえいえいえ!あたし、食べきれませんから』
と断られました。

反対の席の方に勧めました。
そしたら同じ反応(おなかいっぱい)が。

ひとつ勉強になりました。
教訓。よほど仲良くない限り、女性が男性から食事のおこぼれをもらうことは絶対にない。それはどんなデブであっても。

もしこれが男だったら
『あ。どーも』
と言って受け取ることもあるでしょう。
実際、デザートを食べない男性が自分は食べないからと言って近くの人にあげる場面はちょくちょくあります。

しかし、女性が男性から受け取ることはない。

ちなみに同じテーブルの女性はなかなかしっかりした体格の方ばかりで、こんくらい食べきれないことはないと思います。それでも、まさにそこが女性のプライドだということを思い知らされました。


食べられるものもありましたが、とりあえずは一切口をつけずにそのままにしました。
一度客席に運ばれた料理が、下げられた後に他の客に回されるなんてことはないにしても、一口食べたら廃棄です。スタッフの方のつまみ食いくらいにはなるかもしれないなどと期待しながら我慢です。

卵チャーハンが出されました。
お。やっと食べられるものが、と思ってつぎ分けて口に入れたところ、あ。やっぱり焼豚のチップに噛み当たりました。あわててペッと出して、お皿に残しました。


‥‥‥‥。



皿に残された肉片を見て、自己嫌悪に陥ります。
これに、いったい何の意味があるのだろう。


わたくしが一旦口に入れたものを出して、それが何の解決になろうか。絶対に廃棄されるだけです。
この豚は自分の肉体を切り刻まれ、焼かれ、並べられ、そして廃棄されるために殺されたのか。
言い古されたことですが、ちゃんと食べることこそ供養ではないか。


弁当はどうか。

皿に盛られた料理なら、その皿に口をつけなければまだ少しは他の人の口に入る可能性はある。
しかし、現代社会に於いて、弁当の食べ残しを他の誰かが食べる可能性があろうか。それはゼロです。

自分のために作られてしまった弁当は食べなきゃいけない。いろいろ悩んでそうすることにしました。
ちなみにまだそれを行動に移したことはありません。

今のスタンスでは、食材の買い物をする時に動物性のものは買わない。
外食の時はペスコ(魚介類と卵、乳製品)。
自分のために出された料理は基本全て食べる。



場合によっては肉を食べる人を、フレキシブルベジタリアンと呼び、以前紹介した10段階のレベル表ではレベル1になります。でもそんな外部評価はどうでもいいんです。
どこに線を引いても不完全です。
自分でどこかに納得のいく線を無理にでも引くしかない。


あくまで現時点ではこのように暮らしていこうと考えている、という意味です。




さて最近、道場生達と焼肉に行きまして、店のご厚意で、和牛にぎりを全員分いただきました。
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わたくしのために、上のネタだけ食べてくれたみんなの優しさに涙が出ます。
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自分で言うのもなんですが、わたくしなかなか根性ありますよ。
みんなが焼肉食べてる姿を見ながらシャリだけ食べる自分を褒めてあげたい。


話は変わりますが、
『デブは人前では小食のフリをする
というあまりにも有名な格言がありますが、
『デブは人が見てるところではブラックコーヒーしか飲まない』
という新たな格言の存在を最近知りました。
しかもデブは、ことさらに自分はブラック派なんだということを訊いてもいないのに主張してくるそうな。

ちなみにわたくしはブラックコーヒー派です。




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