あらかじめ、平成から令和へ元号が変わることを世間が認識した上で、明日の改元を迎えます。
今上天皇の寶齢長久と、皇太子殿下の寶祚万歳を心より祈念申し上げます。
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思えば昭和64年、わたくしは高校受験を目前に控えた中学3年生の3学期。
昭和天皇崩御の知らせの裏で、ひっそりと新元号の発表があり、全てが自粛ムードの中で新時代の到来を祝福するなどという雰囲気は世間には全くなかった。
ちょうどVHSが普及し始め、テレビは全てのチャンネルで連日、天皇陛下の追悼番組だけを放映し、いくらなんでもこの自粛ムードは耐えられないと、当時レンタルビデオ店がかなり繁盛したなどと聞いたことがあります。

あれから30年の時を経て、今上天皇が譲位なさる。

4月1日の新元号の発表の日までは、なにかと負の情報ばかりが目に付いたように記憶しています。
民間企業はこぞって元号表記をやめると言い出し、公文書までもが西暦表記にすると発表した自治体もあります。

我が日本国は、あくまでも元号で年を表す。
それが日本の決まり。

ただ、改元がない西暦を分かりやすいように併記することはあった。
しかし、まさか元号を廃止して西暦のみの表記にするなんて、まさに庇を貸して母屋を取られる典型であり、我が国固有の文化の放棄です。

それを国民のほとんどがおかしいと思っていないことに恐怖を感じておりました。

そんな否定的な空気が漂う中、蓋を開けてみれば4月1日の新元号の発表をここまで日本中が歓迎し、祝福するとは思っていませんでした。

いい意味で期待を裏切られました。
日本全体が、新時代の到来を喜んでいる!

平成は昭和天皇の崩御に伴っての新元号の発表であり、そこには祝福の空気は許されなかった。
しかし今回は、いわゆる生前の譲位であり、今なお御健在である今上天皇への感謝や尊敬と、平成という時代への慕情と、新時代への期待と、それらの複雑な思いをみんな自由に表現できた。

我々は1年という単位で過去を振り返る。
また90年代、2000年代などと西暦10年単位で過去を振り返る。
おそらくこれは各国共通の感覚でしょう。

そこに日本人は、平成、昭和、大正という時代単位の、なんとも大まかで不規則な時間感覚を共有している。
その時代が持つ【 氣 】というものを、国民が情緒的に感じ、いつでも回顧することができる。これが実に日本的だなぁと思うわけです。

現代社会では縦書きの機会がどんどん奪われ、横書き文化が優勢です。
同じように今は新元号を喜ぶ雰囲気ですが、やがて5年も経てばその熱が冷めて
『やっぱ西暦が便利だよね』
という風潮が支配的になって、元号使用が下火になる時が意外に早く来るかも知れない。

それでもわたくしは元号にこだわりたい。

だって、ここは日本だから。

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