肉を食べるのをやめて、1年が経ちました。

やめて最初の2か月ほどは禁断症状?が出て、相当辛かったのですが、今ではこのスタイルが板について、日常生活にさして差し支えを感じなくなりました。

実を言うと、11月に試合に出たので、その前にはちょこちょこ外食で肉を食べたこともあったのですが(カラダの柔軟性については別の機会に)。


思うことはたくさんあります。
酒をやめてもさほど考えさせられることなんてなかったのに、肉をやめたら何かと考えさせられることばかりです。


1年経ったところで、今後家族がどのような食事をしていくか、再検討してみました。

基本、家庭内では引き続きペスコ(卵、乳製品および魚介類は食べる)でいきますが、外食のルールを少し和らげることにしました。
自ら積極的に肉食を選択することはしませんが、今後、出されたものはありがたくいただくことにします。
そこで線を引き直すことにしたわけです。

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線を引く。


なぜ肉はダメで、魚はいいのか。
なぜ植物の命を奪うのはいいのに、動物はダメなのか。

日本は古来より鯨を食べる文化があったから、諸外国から捕鯨のことをとやかく言われると、やはりカチンときます。そこで一般的日本人が反論するのは
『クジラだって哺乳類なのに、西洋人は牛豚を平気で食べるくせにクジラを食うなとはどんな理屈だよ』
というもの。

彼らの線は、牛豚とクジラの間にある。

では、一般的な日本人の線は?
わたくしはまだ犬猫を好んで食べる日本人にお目にかかったことがないため、おそらくほとんどの日本人は犬猫と牛豚の間に線があるのでしょうね。
SNSでも猫の虐待動画など拡散され流れてきますが、牛豚の生育環境の向上を求める動画などは見たことがない。

では、犬猫と牛豚の差はなんなのか。

なぜ多くの日本人はここに線を引くことを是としているのか。
多くの人が牛豚を食用と定義して、一方で犬猫を愛玩用と定義して、それに疑問を持たない。


サラダバーを食べようと思うと、どんな店があるでしょう。
サラダバーがある店といえば、チェーン店のステーキハウスです。なのでわたくし達はサラダバー目的でステーキハウスに行ったことがあります。

でも、動物の生命のために肉を食べないという理由で、サラダバーのあるステーキハウスにお金を払うことは、間接的に牛豚の生命を奪うことの手助けをすることになります。

居酒屋で、僕は肉を食べないからと言ってカッコつけて別のメニューを注文しても、その店の厨房では同時刻に次々に肉料理が提供されていきます。

イスラムの人々には、ただ豚肉を食べないだけでなく、豚肉を切ったことのある包丁で調理された料理を全て拒否する方がいらっしゃいますが、おそらくそういう理由でしょう。
日本人からすると、そんなに厳密に禁忌を守ってどーなるの?みたいな感覚ですが、考えていくとどこまでも深みにハマっていくことに多少なりとも共感できるようになりました。

だからと言って、肉を売らないスーパーなんか存在しませんから、ウチはビーガンだぜ、と言ってスーパーで野菜を買っても、その行為が巡り巡って肉の販売促進を助けることになります。


結局どこまで行っても正解なんてない。

必ず世界は繋がっているのです。


別にわたくしは肉を食べない布教をする気なんてありません。
ただ逆によく批判されるので、それに対して一言申し置きするだけのことです。

わたくしなりに引いた線の場所が、多くの方の線の位置と多少ズレているというだけのことです。

食べることを制限することによって、食べることについて真剣に考える。
やはり知識というものは、体験に裏打ちされた時にようやく『智慧』へと昇華できるものなのか。
そのように考えるようになりました。

今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。