【 大野英章の“昼夜常精進”】

空手道場 白蓮会館(佐賀・福岡) ならびに 日蓮宗仙道山勝厳寺の活動日記。

仙道山勝嚴寺は、佐賀県にある日蓮宗の寺院。各種因縁・未来鑑定/加持・祈祷修法・お祓い・追善供養・水子供養/葬儀・納骨堂・墓地/宗教相談/妙法蓮華經/観心の本尊

国際空手拳法連盟 白蓮会館九州本部は、佐賀・福岡で活動する実戦空手道場。護身錬胆・健康増進・精神修養。ステップ指導で無理なく上達/各会員の目的に応じたクラス編成/新人戦・選手権への挑戦/子供達の礼儀の徹底と体力の向上。

カテゴリ: 食べ物 グルメ

前回からの続きです。

『セブンイレブンによると恵方巻きは「古くは四季の変わり目である『節分』ごとに食べていた」ものだという』
というマイナビニュースの記事の一文が許せなくて、という話ですが。

わたくしがセブンイレブンを許せない理由は、風習や歴史を背景にした説得力ほしさに、自分が商品を売りたいあまり、事実無根の歴史を捏造したこと。

そして、わたくしがセブンイレブンの談話を捏造であると否定する理由は、本来、歳徳神の廻座する恵方に対し、年頭に家族でお迎えのご挨拶をする主旨なのに、季節ごとに別にどこにも移動してない歳徳神にいちいち挨拶することはない、と考えるからです。

また、恵方巻きが極めて限られた地域の特殊な風習であり、そして子供に太巻きを完食させるためにその日の食事を抜いたり、家族全員が一同に揃うために塾を早退させるほどに厳格な行事だったこと。
つまりこの行事は、それほど簡単にやり方や日にちを変えたりしていないのではないかと思われます。


で、苦情でも言ってやろうと、セブンイレブンの公式サイトや関連サイトを調べたのですが、どこを探してもそのような文言は見つからず、かわりに、こんな記事を2つ発見しました。
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〇嵯丱咼献優
【セブンイレブンが「夏の恵方巻」を初めて発売 8月4−6日】2013.7.2 17:59
http://www.sankeibiz.jp/business/news/130702/bsd1307021800009-n1.htm


『セブン−イレブン・ジャパンが今年初めて売り出す「夏の恵方巻」

 セブン−イレブン・ジャパンは2日、節分の日に食べる巻きずしとして定着してきた「恵方巻」の夏向け商品である「夏の恵方巻」(280−390円、3種)を8月4−6日に全国で発売すると発表した。

 「節分」は2月の立春の前日だけでなく、立夏の前日など年に4回ある。同社は平成10年以降、春の節分に合わせ恵方巻を販売してきたが、初の試みとして、立秋(8月7日)の前に「夏」商品を売り出すことにした。

 井阪隆一社長は「新しい試みを次々打ち出し、夏の消費を刺激したい」とし、初年度は100万本の販売を目指す考えを示した。

 発表会には、CMに出演する関ジャニ∞が登場。渋谷すばるさんは「美味しいので、自然に無言で一気に食べてしまう」と試食の感想を話した。

 今夏は、ローソンとサークルKサンクスも恵方巻を売り出す予定』

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▲札屮鵐ぅ譽屮鷂式ページ【セブンイレブンまるわかり豆知識】
http://www.sej.co.jp/products/trivia/trivia_05.html

今では、どこでも見られる恵方巻ですが…。
事の始まりは1989年、広島県のセブン-イレブンより。――その当時、関西の風習としてあった「節分の日にその年の縁起のいい方角(恵方)を向いて無言で太巻き寿司をまるかぶりする」という情報にもとづいて恵方巻を一部の店舗で販売したのが始まりです。『縁起のいい風習』としてお店で紹介しながら、翌年より販売エリアが広がり、95年には関西以西の地区に、そして98年には全国のセブン-イレブンで恵方巻を販売するようになりました。
こうして一部地域の食文化が全国へと広がり、今ではすっかり節分の定番のお寿司として定着しました。ちなみに、巻き寿司というスタイルは「福を巻き込む」という願いからきており、切らずに食べるのは「縁を切らない」という理由があるそうです。このようなことから、恵方巻は別名を「まるかぶり寿司」とも言われてます。
恵方巻をまるかぶりして、福を巻き込みましょう!

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ちょっと、どう思います?

(セブンイレブンの)“社長は「新しい試みを次々打ち出し、夏の消費を刺激したい」と”はっきり言ってるんですよね。
しかも、公式サイトに「広島の一部の店舗で販売したのが始まり」って起源?も明記してあります。

何か、セブンイレブンの言質を取ってやろうと探し始めたのですが、それは全く出てこず、代わりにこのマイナビニュースの記事に対する読者のボロクソの(当然セブンイレブンに対しての)レスポンスが大量に出てきました。


『何かもう必死やな』

『いつの節分で定着したんだよ』

『月一恵方巻きの日創ればいいじゃん』

『もうこういうのやめてくれないかな
気持ち悪いから』

『セブンは文化捏造まで始めたのか』

『ブームを何とか作りたいっていう気持ちは分かるが
こういうことをするのが昔からの日本の風習です
みたいな空気が物凄く気持ち悪いです・・・』



なんか、濡れ衣というか、可哀想になってきた。

その1でも書きましたが、当初、わたくしはセブンイレブンに対して怒りが込み上げていました。
ところがセブンイレブンは公式に『夏の消費を刺激するための新しい試み』と明言しているわけです。


こうなるとマイナビニュースの罪は重い。

セブンイレブンが言ってないことを言ったと、飛躍して記事を仕立て上げたこと。
それと、間違った日本文化の認識を拡散させてしまったことが実に罪深い。


販売促進のためのネオ・トラディショナルという考え方なら、夏の恵方巻きも『あり』だと思うのです。あと10年も頑張って続けてたら全国に定着するでしょう。
社長じきじきに潔く、新しく夏にも恵方巻きを関連づけてみました、と言えば、時代はうつろうものですから、それはそれで構わない。

ただ、商戦を仕掛けた企業には、そこに至った正しい経過を明確にしてほしい。

山村を潰してダムをを建てておきながら、
『ここは昔から人が住んでいなかった』
なんて歴史捏造することが許されないのと同じように、文化の流れを大きく変えたのだから、それは日本に対する企業の責任、義務だと思います。


ちなみに大阪の太巻きとは、要するに巻き寿司の切ってないやつを指します。
あれを食うのは大変ですが、コンビニサイズは実に手頃。
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試みに買ってみましたよ。
これがまた食べやすくておいしかった。

ただ、感情的には夏の恵方巻きには賛成したくはない、といったところです。




09

今年の夏、某コンビニに立ち寄ると『夏の恵方巻き』なるものの販売促進ツールを頻繁に目にして苦笑しておりましたが、下記のネットニュースを見て愕然としました。


マイナビニュース【「お盆玉」「恵方巻き」「甘酒」 冬の習慣が夏に登場する訳】
[2013/08/11]
 お盆を前に売れているものがある。ポチ袋だ。正月にお年玉を渡すように、お盆休みに孫や子、親戚の子どもたちにお小遣いを配る「お盆玉」が、少しずつ広がっている。先ごろは、大手スーパーやコンビニが夏の節分(8月6日)に向けて「夏の恵方巻」を展開。冬の習慣やイベントが装いを変えて夏にもお目見えし、新たな商機を伺っている。

 大手企業の夏のボーナスが前年比4.99%増となった今年、お盆玉を広げようと、売り場を拡充する店舗が増えている。池袋のロフトには、かき氷や海など、涼やかなポチ袋がずらりと並ぶ。先月の売り上げは、昨年に比べて10%以上増となった。もともと一部地域では、親が、お盆に田舎に帰省した子や孫に小遣いを渡す「お盆玉」の習慣があった。夏にポチ袋を購入するのも50〜70代が多いという。

 節分に、その年の恵方を向いて食べると縁起がよいとされる恵方巻き。最近はコンビニを中心に、“夏の節分”に向けても販売されるようになってきた。現在は立春の前(2月3日)を節分と呼んでいるが、そもそも節分とは季節の分かれ目のことで、立春、立夏、立秋、立冬の前日はすべて節分ということになる。

 セブンイレブンによると恵方巻きは「古くは四季の変わり目である『節分』ごとに食べていた」ものだという。冬だけではないのだ、と、昨年からコンビニ各社は7月から販売を開始するなど、夏の恵方巻き定着を狙ってきた。「縁起ものですし、夏休みに家族で分け合って食べるのにもちょうどいい。冬に比べるとまだ認知度は低いですが、毎年展開していくことで、根付かせていきたい」と、大手スーパー店員は語る。

 習慣というわけはないが、冬に飲まれることが多かった甘酒も、昨今、夏の飲料として注目を浴びている。実は甘酒は夏の季語。江戸時代は、甘酒売りが夏の風物詩だったという。その習慣を復活させようとスーパーなどが冷やし甘酒を並べるようになると、栄養満点で、猛暑における夏バテ対策飲料として、人気を集めるようになった。

 こうした状況について「風習や歴史を背景にした説得力のある意味づけが、差別化につながっている」と語るのは、ニッセイ基礎研究所准主任研究員の久我尚子氏だ。

「安くて高品質なものはすでに溢れています。消費者は、目新しさや面白さを求めている。そうした差別化を図るには、付加価値や意味づけが重要になってくるんです。モノを売るにもコトを売るにも、これまでにない、別の側面を見せる必要がある。そんななか、季節の習慣やイベントは、企業側にとっても消費者にとっても、積極的な意味づけを感じることのできる大切な要素になっています」

 販売機会の拡大を狙って、忘れかけていた“季節のイベント”は増えていきそうだ。
(参照元)http://news.mynavi.jp/news/2013/08/11/026/index.html



『セブンイレブンによると恵方巻きは「古くは四季の変わり目である『節分』ごとに食べていた」ものだという。』


この部分が許せない。


絶対にそんなことはない。

絶っっっ対にそんなことはない。


少なくとも、この記事を読んだ当初、セブンイレブンに対して強い怒りを覚えました。
夏の節分に恵方巻きを食べていた地域なんて日本のどこにも存在しない。断言します。

わたくしが恵方巻きに初めて触れたのは、大学3年のとき(平成6年)大阪市平野区で学習塾の講師をしていた頃でした。
女子生徒のひとりが職員室で
『先生〜。むっちゃおなか減ったわ〜。朝からなんも食べてへんねん』
『今日、2時間目の途中で帰らなあかんから』
とやたらアピールしてきて、よくよく理由を聞いてみたら、全く今まで聞いたこともない独特の風習がこの地域にあったのです。

なんでも節分の日には、_搬価完そろって、太巻きを、終始無言で、づ喘罎埜を太巻きから離さず、イ修稜の吉方に向かって、食べなきゃならんらしい。

女子中学生にとって、太巻きをまるまる1本食べるのは困難です。
だから、朝から食事抜きにしていたわけです。

それから、家族全員が揃ってからしか始められない。
だから、塾も早退する。

こりゃあ変わった風習だ。

彼女が早退した後、教室のみんなに質問しました。
『ねえ。みんなの家でも家族で太巻き食べるの?』

『あれは〇〇地域(覚えてません)だけの風習やで。』
『加美南ではせえへんなぁ』
『やってるとこ少ないで』

などと活発に答えが返ってきます。
ということは、恵方巻きの平野区での認知度は高いが、普及度は低い。

たとえ子供や女の子でも太巻きを完食させていたことや、塾を早退させるほどに厳格な家族行事だったこと。
また、極めて限られた地域の特殊な風習だったことが伺えます。



関西を去り、数年が経ちました。
まさか九州で恵方巻きに再会するとは思ってもいませんでした。
それはご存知の通り、コンビニ商戦の販売促進材料として。
大阪市平野区の、しかも限られた地域の風習だった恵方巻きが、九州でも見かけるようになるとは。



それから、恵方ですが。

恵方とは別名『あきの方』と呼ばれ、その年に歳徳神(としとくかみ)の廻座する方角で、古来より最大吉方として有名でした。
特に、恵方参りと呼ばれる初詣は、正月に自宅からみて恵方にある寺社に参詣すると、歳徳神の御威光も頂戴できるので良い年になるとされています。

ちなみに歳徳神はその年の十干により下記の4方位を廻座します。

甲己の年は『甲(方位二十四山で北寄りの東)』の方位
乙庚の年は『庚(南寄りの西)』の方位
丙戊辛癸の年は『丙(東寄りの南)』の方位
丁壬の年は『壬(西寄りの北)』の方位

要するに、現代の暦でいえば2月4日の立春から翌年の節分まで1年間全く動かない神様なのに、なぜ夏にもう1度お迎えの儀式をする必要があるのか。

それなのに
『セブンイレブンによると恵方巻きは「古くは四季の変わり目である『節分』ごとに食べていた」ものだという』
だって。


おいおい歴史捏造だよ。
「風習や歴史を背景にした説得力のある意味づけが、差別化につながっている」
って、自分が商品を売りたいあまり、販売に至るまでの文化的正当性をでっち上げやがった。

あまりにも許せなくて、セブンイレブンの公式サイトや関連サイトを躍起になって調べました。

ところがセブンイレブンの公式ページのどこを探してもそのような文言は見当たりません。
そのかわり、こんな興味深い記事を2つ発見しました。(つづく)

地元関西にいる頃は意識していなかった天下一品のラーメンが、最近やたら食べたい。

大阪にいる頃は、とにかくバリ硬・細麺の長浜ラーメンが食べたくて仕方なかったのに。

結局は、ないものねだりなんです。


ない、ない、と思っていたら、筑紫野に天下一品ができました。

そこで行ってみました。



小さい方から順に、
・ミニラーメン(半玉)
・並ラーメン(普通)
・大盛ラーメン(1.5玉)
・特盛ラーメン(2玉)
・メガラーメン(3玉)
とあります。

価格は
・半玉 550円
・普通 650円
・1.5玉 750円
・2玉 850円

なるほど。

半玉増えるごとに100円増しなんだね。


で、3玉のメガラーメンは1350円。


‥‥‥。


なぜ?


いや、普通に考えて、そこは1050円だろ。


どっかの未開地域みたいに、2玉以上は
『1、2、3、いっぱーい』
と同じノリで、こんなにバカみたいに大量に食うヤツは、どうせロクに数もかぞえきれないだろうと思われているのだろうか。

かしこいわたくしは、コストパフォーマンスも考慮してメガ(3玉)ラーメンを注文。


でかい!


そして、汁も残さず完食。


上田指導員は、かわいく並を頼んだような顔してますが、唐揚げの定食を食ってます。


さて。

明日から痩せるか。



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【 大野 英章の“昼夜常精進”】

12月8日は、仙道山勝嚴寺の鬼子母神・最上位經王大善神の冬季大祭でした。
午前中雨が降っていたので、残念ながら予定されていた御火焚きは中止(その後決行予定時刻に雨は上がりましたが)しました。

今回の大祭では、檀信徒の方の個別の祈願を入れず、ただただ鬼子母神・最上位經王大善神に報恩感謝のみを捧げることに徹しました。
そういう意味では、気高いお祭りが挙行できたのではないかとの手応えを感じています。


『祭り』とは、『祀り』であり、神々でもご先祖でも、とにかく何かおまつりすべき対象がいらっしゃる。

しかし、最近の祭りを見渡すと、おまつりするものが存在しないお祭りばかり。

『お祭り騒ぎ』という言葉があります。
まるで、その雰囲気がお祭りのようだ、というだけで、いつしかお祭りに騒ぎ方が似てる、というだけでそれが堂々と『祭り』を名乗るようになりました。

『体育祭』しかり『文化祭』しかり『産業祭』しかり。

『○○町商工会産業祭り』のどこに信仰心がありますか。
これらは、全て『発表会』であり『祭り』ではない。

『祭り』は本来、感謝からできています。
秋の祭りは、大いなる存在に対し、その年の収穫を報告し、いただいた恵みを捧げ、感謝を申し上げる。

最後に、来年もよろしくお願いします、と祈る。


報恩感謝のあと、ついでに祈願があるべきです。
ついでに、です。

ところが、かろうじて現在に於いても『祭り』の体裁を保って各地で奉行されている祭祀も、先に個人の欲望を満たす祈願ばかり殺到してしまって、最も肝心な報恩感謝の精神が見えづらい。

もし、あなたが真の仏教徒を自覚するなら
『佛の智慧をいただきたい』
以外の願いをかけてはならない。

諸佛世尊は、衆生に佛の智慧と見方を示し、そして悟らせ、佛に続く道に入らせることを願って、この世に出現なさった存在です。

その諸佛世尊に、
『素敵な彼氏ができますように』
『大金持ちになれますように』
『ムスコがいい学校に入れますように』
なんて祈願を入れるのはナンセンスです。

この世の真理法則を覚った佛の智慧をいただいたのなら、あなたの望むパートナーなんて向こうからやってくるだろうし、金持ちになる方法くらい簡単だし、どんな学校の入学試験にも合格できるでしょうよ。

そんな『佛の智慧をいただきたい』と努力、修行する者を『菩薩』といいます。
お寺に来て、それ以外の願しか掛けていない人は、残念ながら、まだホンモノの佛の弟子ではない。
おそらくその方は、自分の願を叶えてくれる神様なら誰だっていいと思ってます。
いや、それが神様ならまだしも、モノでも、要するに何だっていいんです。

自分の願望を満たしてくれる存在の言うことなら何でも聞くというフラフラした態度なら、それがいつしか間違った方向に向かったとしてもわからないし、それを元に戻そうとの努力もない。

常に、自分の言動は人々を幸せにしているのか、自分の言動で傷つけられている人がいないか、確認しながら生きていく姿勢が大事で、それを『修行』と呼びます。

『修行』と言っても、別に水をかぶったり、お経を読んだりするだけではない。
あなたの生活の全て、佛の願いに適っているのかを確認しながら生きていくことが修行です。


そんな真の佛道修行者を守護するとの誓いを立てた鬼子母神ならびに最上位經王大善神様のお祭り。


あなたが神々に述べるべき言葉は、もちろん
『宝くじが当たりますように』
の類の言葉ではなく、
『いつも守ってくださり、ありがとうございます』
に尽きるわけです。




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福岡子供空手教室『白蓮会館』

『原子に核があるように、あなたという存在の核は、たった一点であり、しかしながら、その一点は、すべてを包括する可能性を有する一点でもあるのだ。
この広大な太陽系も、その中心は原子と同じく広がりのないたった一点なのだ。その一点が、これだけの広大な領域を包括しているのだ』

『シュメールでは、円は宇宙を象徴すると伝えられている。
円を描くためには、中心点を必要とする。この中心点なるものは、幅が存在すればブレが生まれ、中心とはなれない。つまり中心は、量的にはゼロでなければならない。このゼロなる一点があって初めて円は描くことができる。
私たちはこれを無から有を生み出す神の概念として理解してきた。
あなた方の中には、神は存在すると言う者もいるし、存在しないと言うと者もいる。だが、我々から見れば、このどちらもが真実の一端をとらえているのだ。
人間の魂の本質も、これと同じく無なる一点だ。しかしながら、その包括する領域には物質世界と同様、無限の段階がある。たとえて言えば、肉体同様の領域しかない魂もあれば、太陽系のような広大な領域を包括する魂もある。魂というものは、より広大な領域に進むほど広大な自由を知ることができるのだ』(千賀一生「ガイアの法則」より)



『熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広いでしょう。囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ』(夏目漱石「三四郎」より)



『自分が不幸な時、それを他人や社会のせいにするのは無教養者。
自分を責めるのは教養の初心者。
他人も自分も非難しないのが本当の教養人である』(古代ローマの哲学者、元奴隷、55〜135、エピクトテスの言葉)

最近、立て続けにこんなことを学びました。
他にもいろいろありました。
しかし世の中、宗教によらずして一念三千を理解している人がけっこういるもんだ。


やはり、意識向上のためには『愛』が必要なんだろうねぇ。

愛とは、下化衆生。
下、って言っても上下関係ではないですよ。

下化衆生が上求菩提を進め、上求菩提が下化衆生を進める。

やっぱ、宇宙観ですな。

つぶやきですみません。
今日の記事は覚え書きみたいなもんです。


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観音寺。
詳しいことはわかりませんが、おそらく禅宗の寺院です。たぶん観世音菩薩が御本尊のお寺だったのでしょう。



その日は18日。
どういうご縁か、観世音菩薩の縁日です。


墓参りの方が、ひっきりなしに訪れていらっしゃいました。
我々も袈裟を掛けておりましたので、皆様、嬉しそうに
『こちらのお寺の方ですか?』
と質問なさいます。

しかし、われわれは残念ながら通りすがりの坊主です。

皆様、少しがっかりなさる。



津波でめちゃめちゃになった墓地の中から、御自身のご先祖の骨を必死に探しておられる皆様の姿には心打たれます。

ただ、正直ちょっと難しかろう。



座標となる道がほとんどわからないから、まず自分ちの墓のあった場所そのものがわからない。
人力ではわずか1m移動させるのさえ困難な巨石を、一瞬にしてここまで広大な範囲で薙ぎ払う津波の強さを改めて思い知らされます。



遠くから見る限り、津波に流されず、しっかりと踏ん張っていたのだろうと思っていた本堂も、やはり近づくにつれ、その損傷の具合が痛いほど分かりました。

よく見ると、比較的新しい建物のようです。
墓石がここまでぐちゃぐちゃになっているのに、よく耐えた。



建物の屋根の雰囲気は、勝嚴寺にも似ているので、もしウチがこうなったら泣き崩れるだろうと想像してみたり。
あの屋根の破風がちぎれているということは、あの高さまで波が来たのでしょうね。

内部はこんな感じです。

壁はいっさい残っておらず、防塵ネットが張り巡らされていました。
御寳前の須弥壇が大幅にずれて、御本尊やその他尊像などは全部消失です。

願わくば、将来この寺院が復興を遂げた時、この本堂は解体せずに修理していただけたらと思います。
部外者の勝手な願いで恐縮ですが、やはりこの観音寺の本堂は、この閖上地区の数キロ平方において、津波に流されなかった唯一の木造建造物です。
その有り難さは計り知れない。


結局、被災地で特になにもせず。
見て、わずかばかり祈っただけでした。

各地にはボランティアの方が作業をなさったり、支援金や支援物資を供出なさったりしていますが、本当に申し訳なく思います。

また機会があれば足を運びたいし、何か力になりたいと思います。

とりあえず、罹災者の冥福と、被災地の早期復興を祈らせてください。



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いや、わたくしがです。

あまりにもしゃべりすぎて少し疲れました。

先週から講義しまくってます。



まるで夏期講習中の進学塾講師のような。

でも、久しぶりに明後日からは授業を受ける側です。

東京で行われる中野博さん主催の講義にお誘いお誘いいただき、参加を申し込みました。
いったいどんな講義内容なのか楽しみです。



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自分の周りに起きる出来事は、ことごとくつまらない。

仕事も給料が安い。
たまに受けた仕事もクレームばかりでやりがいがない。
上司も口うるさい。

家族とも仲が悪い。
家の中も汚いし、嫁も文句ばかりで、仕事から帰ってきても、まったくくつろげない。

金がないのに車検が来た。
金がないのにスピード違反で捕まった。

なんでこんなにろくでもないことばっかり起こるのか。

いったい、どうしたらいいのでしょう?


ま、こんな相談を受ける時があるんです。
こんな時、宗教者はどう答えるべきか。

何が原因ですか。
先祖ですか。
水子ですか。
墓ですか。
土地ですか。
井戸ですか。
家相ですか。
稲荷ですか。
狐ですか。
厄年ですか。


こんな単語を、さも難しそうに並べてみると、なんだか宗教くさくて本物っぽいのかもしれない。


ただ、自分自身以外の何か別のもののせいにしても、それを証明しようがないし、根本解決ができない。


確実に言えることは、
『今のあなたに起きてることは、今のあなたにちょうどいい』
ということです。


今のあなたの職業は、あなたが選んだつもりでいるかも知れないが、実は違うのです。

あなたよりも先に仕事のポストがあって、この仕事をやってくれるにふさわしい人材を、多くの人間の中から仕事があなたを選んで配置しているのです。

どうでもいい仕事には、どうでもいい人間があてがわれます。
たいした仕事じゃないなら、たいしたことない人間が配当されます。
重要な仕事には、やはりそれだけの人間が選ばれる。

あなたは今の職場の文句を言ってはならない。
なぜなら、その職場に最適な人間である、あなた自身の首を絞めることになるからです。

何かの霊的なものせいにすると気は楽です。

おれの不運は、何か得体の知れないもののせい。
おれは悪くない。

こんな楽な責任転嫁はないよ。


もし、あなたがひとつも間違っていないのならば、おそらく自然の摂理に従って、あなたは必ずうまくいく。
しかし、現にあなたの状態が良くないのなら、おそらくはあなたはどこかで間違っているのでしょう。


空手の大会で、誰もが一喜一憂しますな。

大会では、試合に向けて準備したあなたに最もふさわしい結果が現れます。

勝ちたい気持ちがめっちゃ強くて、めちゃめちゃ練習して、完璧な調整をしてきた選手には、やはり優勝がふさわしい。

準優勝の人は、やはり準優勝になった理由がある。
優勝者に、どこか負けてるところがあるのです。

同じく、三位の人、予選敗退の人、一回戦敗退の人、その結果がよくお似合いです。

冷たく切り捨てているわけではありません。
もちろん長期的な意味もあります。
将来の大成功のためのステップとして、今のあなたにはこの結果がないと次のステージには移れないから今回の敗北がある、なんてことも当然ありうる。

それを、目先の敗北だけを見て、将来の可能性をはかなんで、空手をそこでやめてしまうのなら、その人にはやはりその敗北がお似合いです。

その敗北が悔しくて、次こそ絶対に勝ってやる!と奮起して、バリバリ練習して強くなって次に結果を出したのなら、長い目で見るとやはりあの日の敗北は、あの時のあなたに必要な敗北だったのだ。



将来のことなんて、全て、自分の心が決めることです。


いつも愚痴を言う人は、愚痴を言うネタが豊富な環境がお似合いだから、次から次へと悪い事件が起こります。
いつも感謝している人には、より感謝がお似合いな出来事が次から次へと起こります。

彼氏の文句ばかり言ってる女は、彼氏が変わるたびに男のレベルが下がります。
職場の文句ばかり言ってるサラリーマンは、転職するたび待遇が悪くなります。


今のあなたに起きてることは、今のあなたにちょうどいいから。


一念三千。
全ての世界はあなたの心の中にある。あなたはチャンネルをどこの世界に合わせるか。

地獄というも浄土というも、他には候わず。
全て己の胸中にあり。

あなたの心の中の状態をまるで鏡のように映し出すのが世の中であり、これに迷うを凡夫といい、これを悟るを佛という。




今日、某披露宴の引出物の夫婦湯飲みを割ってしまいました。
けっこうレアものだったからショックです。

この御夫婦に一層の幸あらんことを。


上田都Facebook

各種祈祷・修法・加持/日蓮宗『勝嚴寺』

おそらくほんとの勧請とは、佛祖三寳を他者として自分の前にお呼びするというより、自分の心の中に佛を入れて、佛の心と重ね合わせるることではないかと思うわけです。


心に佛を入れるとは、自分の心が佛の心になること。
心が佛になることとは佛智を得ること、すなわち佛になることです。

われわれが如来の室に入るというより、むしろ如来に自分の室に入っていただく。
われわれが如来の衣を着るというより、自分という姿をした衣を如来に着ていただく。
佛に来ていただくためには、その場所(心の中)をキレイにしておかねばなりません。

当然ながら佛は毒なんか吐かないから、もし自分が三毒で汚れておれば、はなから佛に来てもらえない。
あらかじめ身口意を美しい言葉や行動で磨き、法器たらんとの精進が必要です。


そこは、圧倒的に時空を超えた己心の三千具足三種の世間であり、ここに佛を勧請せずしてなんの解決もできない。
己心に佛の来迎をいただいて、初めてそこが本尊となり得るわけです。
その根本となる場所が煩悩で満ち満ちたままでは、いくら修行らしき真似事を長々とやったとしても、全く解脱の道は見えない。


佛が認める法器たる者には自然に妙法が注がれます。

多宝如来は法器の出現を天文学的長期に亘って待ち望んでおられるのです。

その妙法が説かれるところには多宝塔が出現し、多宝如来を始めとした過去の全ての佛と同体となれる。
佛と同体だからこそ、もしは林中においても、もしは園中にあっても、もしは僧房にあっても、もしは白衣の家にても、もしは山谷広野にても、その中には塔が建つし、もちろん供養もされるべきであると。
塔が建つ場所はかつて如来が阿褥多羅三貌三菩提を得た所であり、法輪を転じた所であり、涅槃を現じた所であると。

だって、塔を建てることのできる人とは、すなわち佛そのものですから当然ですよね。


ということは、もちろんいろいろ語弊がありましょうが、たぶん御寳前はそのうちいらなくなるな。


お寺も、宗教団体も。



ふつう勧請って法要の最初に毎回当たり前のようにやってますけれども、実は全ての佛道修行をやり終えた後、ほんとの最後になって、ようやく許されるくらい難しいことなのかもしれません。



なんか、甘くないねー。

自分自身が成佛しなきゃできないわけですから。つくづく恐ろしくなってきます。



あ。そういえば。


お寺とか宗教団体って、なんとなくFacebook勉強会に似てませんか?


最初は必要だけれども、マーケットが成熟するにつれ、次第に存在理由がなくなる。


そういえば医者もそうだ。
病気を治すのが仕事だが、病人がいなくなれば失業しなければならない。



よし。

その日が来るまで頑張るとするか。


お寺も、Facebook勉強会も。





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唐津で空手を始めるなら『白蓮会館』



千葉県は九十九里浜にいます。


さっきめちゃめちゃでかい地震がありました。


津波がきたらどうしよう。

津波警報が出たとしても、近くに全く高台なんてない、見渡す限りの見事な平野部。

そんな九十九里浜。


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ウチの姐御が、こんなことを以前おっしゃっていました。


『白ご飯を残す男は、間違いなくダメ男やねん。それみただけで、そいつの育ちが全部わかるわ。ごはん残す男とは絶対結婚したらあかんねんで』。


なぜだと思います?

おかずと白ご飯の分量を割り振りできず、味の濃いおかずを先に食べ尽くしてしまい、ご飯が残るわけですよ。



とにかく、こんな男はダメなんだそうです。



理由1。

大好きなおかずを先に食べたい欲望を抑えきれない。
→目先の利益にとらわれ、何につけ辛抱できない可能性大。


理由2。

おかずと白ご飯のバランスがわからない。
→金銭的収支感覚も疎い可能性大。



理由3。

人間1日3回食事をする。
それを毎日繰り返しているにもかかわらず反省がない。
→将来、同じ間違いを、間違いとも思わず一生繰り返し続ける可能性大。
食事という、これだけリベンジの機会の多い分野で全く学習しない男って、アタマが悪い上に、ほとんど向上心もない。


理由4。

人前で平然とごはんを残すことを恥ずかしく思っていない。
→母親が子供のわがままをなんでも許してきた可能性大。
ということは、それ以外にもわがままな面が随所に散りばめられていることは想像に難くない。


理由5。

男性として小食であること自体、性的魅力なし。



以上。







要するに白ご飯を残す男っていうのは、今は良くても将来的に、給料をもらったその日のうちに使い切り、カードで買い物をしまくり、かといって将来昇給の見込みは薄く、家では自己中に振る舞い、それでいて生殖能力も低いという、どうしようもない男に変身する可能性が高いわけです。


もろもろの善男子。

汝、好きな女の見てる前で決して白ご飯を残す勿れ。


もろもろの善女人。

汝、白ご飯を
『もう食えん』
とか言って、堂々と残す男と結婚する勿れ。




佐賀県小城市の日蓮宗寺院『勝嚴寺』
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北海道の智目行足さんから大量のカニをいただきました。



智目さんは法華宗某門流の寺院の御住職で、六月末にわざわざ遠路はるばる干支九星気学の講義を受けるために佐賀までお越しくださった。
こちらが恐縮します。

一昨年は、これまた智目行足さんから、講義の御礼にと大量の鮭が送られてきて家族一同茫然とした記憶があります。

毎回こんなものをもらってしまっては、お返しのしようがない。

でも、この一面真っ赤な物体を目の当たりにした感動ったらないよ。

このところ蟹づくしの毎日で、さらに食べ終わったカニの甲羅で雑炊を作り、それで古いご飯を全部完食してしまうため、みるみる体重増加に拍車がかかります。

本当にありがとうございます。

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